反対の声が多いなか、小一社長は「チーズいか」の開発中止を決断。「チーズ鱈」の開発に着手するよう、指示を出した。

珍味としてのステータスはイカに劣るとはいえ、なとりにとって当時、タラもまたなじみのある原材料の一つだったという。

「当時は、タラの身をほぐして作る『でんぶ』の材料を加工メーカーに販売していました。タラシートもすでに70年代には商品化していましたから、扱いには慣れていました」

「チーズ鱈」の商品バリエーションは37年間で格段に広がった

タラとチーズを組み合わせたものを試作してみると、タラのあっさりした味とチーズのコクがマッチしておいしかった。試食をきっかけに、「これならいける」と、社内のムードは一変した。

それでも量産化に向けては試行錯誤の連続だったと、西村氏は語る。

「世の中にない商品を作ろうとするわけですから、それだけわからなかったことも多かった。まず、シート状のタラとチーズをどう接着させるかという問題がありました。チーズそのもので接着させるわけですが、チーズが熱くないとくっつきません。接着する際の適正な温度の検討など、何度もテストを繰り返しました」

タラシートに挟むプロセスチーズに関しては、最初のうちは乳業メーカーから購入していた。

「タラシートそのものの検討も重要でした。シートの硬さ・厚みでチーズへの接着性も変わってきますし、食感の問題もあります。タラをシート状にする際の水の量をどうするか、加熱の方法をどうするかなど、検討しなければならない項目がいくつもありました」

タラシートでチーズを挟み、圧着して「チーズ鱈」にするが、この圧着に関しても、どのくらいの温度でどれくらいの時間、どれだけの圧力をかければいいのかなど、テストを繰り返したという。

試行錯誤の末に完成した「チーズ鱈」は、1982年2月に発売された。小一社長の就任から半年あまりで量産化にこぎつけたことを考えると、どれだけ急ピッチで「チーズ鱈」の開発が進められたか、がわかる。

それまでにない、全く新しいおつまみ商品として「チーズ鱈」を発売するにあたり、小一社長は2本入りのサンプルをスーパーや小売店に配ったり、流通の担当者を集めて試食会を開いたりして、まずは食べてもらう形で商品を売り込んだ。反応はとても良く、即採用が相次いだ。

食べておいしかったことに加え、チーズをタラシートで挟んでいるため、つまんでも手が汚れにくい。発売当初の価格は300円と比較的高めの設定でありながらも「チーズ鱈」は好評を博し、初年度から10億円を大きく超える売り上げを記録する大ヒット商品となった。これには社内も驚いたという。

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背中を押した、珍味市場への危機感
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