物差しの置き方にも気を配りたい。高校ぐらいまでは学期末成績や模擬試験点数などの比較的分かりやすい評価基準が用意されている。勉強を頑張った結果、点数が伸びたといった成長を実感しやすい仕組みだ。しかし勤め始めると、目に見える物差しは見つかりにくい。投入したエネルギーと得られた成果の相関はあやふやになりがちだ。不本意な結果で自己肯定感が揺さぶられやすくもなる。移り気な顧客の判断といった理不尽とも思える理由がかかわってくれば、なおさら納得が難しくなる。「TOEICのような数字の物差しはむしろまれで、仕事の成果は実感が難しい。自己肯定感を保っていかないと目先の結果でへこんでしまう」と、工藤氏は働き始めの時期の心理を読み解く。

自己肯定感を保つうえで工藤氏が勧める方法の一つが「勝ち負け意識を薄める」という態度だ。課長ポストへの昇進を同期と競った結果、同期が選ばれたような場合でも、「自分は負けた」としょげないほうがいいという。その時点で求められていたキャラクターや条件に、たまたま同期のほうが近かっただけであり自分が丸ごと「劣っている」と判定されたわけではない。職歴や経験値、出身地など、様々な要因が選考を左右した可能性がある。「出世を逃した」のではなく、「別のチャンスをもらった」ととらえ直せば、「出世レースから脱落した」という敗者意識に陥るのを避けやすくなる。

「キープ・イン・タッチ感」で部下と接する

多面的なものの見方は、自己肯定感を保つのに有益だ。単一の物差しや評価基準を、自分に押し当てない態度ともいえるだろう。短所ばかりを見ないで、自分の長所を、自分でポジティブに認める姿勢でもある。こういった人の見方は、「プライベートな人間関係づくりにも役立つ」と工藤氏は説く。様々な長所と短所を併せ持つ自分のイメージをしっかり持てると、友人やパートナーとの間でも接し方にリスペクトとゆとりが生まれやすい。「自分だけを愛するのは、いびつな偽りの自己愛。自分と同じように周りの長所も短所も認めるのが本当の自己愛」だという。

上司と部下の間では、しばしば感情のすれ違いが起きる。工藤氏のみるところでは、部下の自己肯定感に目配りをした接し方かどうかで、上司への信頼感は大きく変わってくるという。「成果だけを褒める」というのは上司が犯しがちなミスの一つだ。無意識のうちに上司は部下の出した結果部分を評価するようになっている。しかし、毎日のように好結果が出るわけではないから、褒めてもらえない部下は見捨てられたような気持ちに陥りやすい。「結果の有無にとらわれず、チャレンジや努力、参加などを認めて声を掛けていかないと部下との絆が希薄になってしまう。結果だけを期待されていると部下が感じれば、上司との間柄は冷え込んでしまう」(工藤氏)

とりわけ、部下が失敗した場合の接し方には気遣いが求められる。「なぜこんな結果になったんだ。努力が足りない」と怒鳴りつけるのは論外。放置も好ましくない。工藤氏が勧めるのは、傷ついた部下に寄り添う態度だ。「あれだけ資料づくりに工夫したことを知っているだけに、自分も残念でならない」「くやしいよな。頑張ってたからな」などと、出た結果そのものではなく、そこに至るプロセスを認める共感のまなざしは、部下が過度に傷つくのを防ぐ効果があるという。やみくもに甘やかすのは避けながら、「ずっと気に掛けている」というキープ・イン・タッチ感を伝えるのが肝心だ。

「自己肯定感が大事」という意識が広がってきた半面、安易なほめそやし、おべんちゃら的な危うい「誤用」も散見されるという。工藤氏が警戒するのは、目的を達成するための「エンジン」として、自己肯定感を援用するような姿勢だ。「子供の勉強ができるようになるためには自己肯定感を高めていくのが効果的」といったとらえ方が一例。工藤氏は「間違った方向づけだ。いい学校に入れるためといった引き寄せ方は危うい」と注意を求める。

「レジリエンス」を発揮するために

大人になっていく過程で、人は何度か挫折を味わう。それまで頼りにしてきた物差しや基準が通用しない状況に直面したときには、自信を失いやすい。学校成績や大学ランキングといった物差しによりかかっていると、初めて飛び込んだ職場で無力感を覚えることもある。教科書も正解も用意されていないので、なおさら途方に暮れてしまいがちだ。「レジリエンスと呼ばれる立ち直り力を発揮するためにも、最初の挫折で完全に打ちのめされない自己肯定感は重要。新たな学びや気づきがあり、成長の可能性を試せる場だと前向きにとらえるようになる」と工藤氏はいう。

仕事の上でもダイバーシティー(多様性)が重んじられるようになり、ポジティブな「異分子」は、イノベーションの種子(シーズ)として、プラスに評価される傾向が強まりつつある。周囲と自分を比較してでこぼこを減らすような旧来の身の処し方は、強みや持ち味を殺すことにもつながりかねない。「俺様社員」や「やけに自己評価高い系」は困りものだが、身の丈通りの自己肯定感に基づく「癖」や「出っ張り」まで削る必要はないだろう。「ありのまま」は今や立派な武器であり、オリジナルな評価や成果を結果的にもたらす期待が持てる。そして、それ以上に自分らしくいられることは何にも代えがたい。

工藤紀子
 一般社団法人日本セルフエスティーム普及協会代表理事。ヴィーナス・クリエイト代表。外資系企業での勤務を経て、育児中に自己肯定感の大切さを知り、2005年にヴィーナス・クリエイトを、13年に同協会を設立。自己肯定感を高める個人向け講座、企業研修・講演、講師の育成に取り組んでいる。

職場の人間関係は自己肯定感が9割

著者 : 工藤紀子
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