「理想」追う経営、武将に学ぶ 西高時代の読書体験フライヤー・大賀康史CEO(下)

大賀康史・フライヤーCEO
大賀康史・フライヤーCEO

野球部とロックバンドに打ち込む一方で、歴史小説を読み込んだと、ビジネス書要約サイトを運営するフライヤー(東京・千代田)の大賀康史最高経営責任者(CEO)は東京都立西高校時代を思い返す。目標の掲げ方や判断スピード、戦略立案などの面で、戦国武将の生き抜き方は起業の手本にもなったという。

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西高には「進学校」のイメージが強いが、実際の校内にエリート校の気取りはないという。

いわゆる「進学校」のカラーはほとんど感じなかったというのが、正直なところです。そもそも高校3年生の半ばまでは受験を控えているという空気すら感じにくい。野球部だった自分もそうだったように、高3の春夏に迎える最後の大会や試合までは、自分の打ち込んでいることにのめり込む。そして、ラスト大会が終わったら、一気にモードを切り替える。それが西高の流儀でした。

野球に関しては、小2から高3まで続けたので、自分なりに「やりきった」という気持ちでした。大学受験への切り替えも割ときれいにできた気がします。ただ、高3の夏からのスタートなので、浪人は覚悟していました。だから、現役で受験したときは、「(東京大学以外の私立大学に)仮に受かっても、行かないつもりだから、入学金は納めなくていいよ」と言っていました。でも、実は親が黙って入学金を納めてくれていたのを知り、現役で合格した早稲田大学理工学部に進みました。

自主性を重んじる校風で知られる。実際、進路指導はうるさくなく、「受けたいところをお好きにどうぞ」という感じだという。

西高生はその人ごとに重きの置き方が異なっています。まさに「人それぞれ」。だから、志望校の選び方もいい意味でぐちゃぐちゃ。誰もが東京大学を目指すような雰囲気ではなく、地方大学や芸術・音楽系の大学を志望する人も珍しくありません。

学校側は進学に関して、ほとんど「指導」はしていなかった記憶があります。そもそも西高生は先生に進学先の相談をしないのが普通でした。私の知る限り、周りで先生に進路相談を持ちかけたケースは聞いたことがありません。

ほぼ完全な放任なので、学生の態度がぐだぐだになることもざらです。でも、やがてどこかで我に返るというか、スイッチが入るようです。私も高3夏の野球大会が終わったタイミングで切り替えました。

学校からも親からも束縛されず、3年間の「自由時間」を満喫した。

ゲームが好きで、カード麻雀に興じることがしばしば。授業中に友人とカード麻雀をしていたこともありました。世界史では10段階で「3」の成績をとって、親に怒られましたが、本人はあんまり気にしていませんでした。

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