水深4000メートル 最北の熱水噴出孔はまるで異星

日経ナショナル ジオグラフィック社

2019/12/6

姿を現した怪物スモーカー

幸いにも、NUIは3日後に海上に戻ってきた。安全システムが作動するのに思ったより時間がかかってしまったようだ。NUIを修理している間、船長は氷の間を縫って船を移動させながらOFOBSカメラをえい航し、噴出孔フィールドの真上からの撮影に成功した。

その夜、テレビ画面の前に集まった科学者たちは、画面の中をゆっくりと流れる薄暗い海底を心配そうに眺めていた。ベージュ色の泥が延々と続いていたが、やがてそれを覆う黒い砂利の層が視界に入ってきた。さらに明るいオレンジ色と黄色の何かが現れた後、カメラは上を向いてごつごつとした急斜面を登り始めた。

突然、高さ15メートルほどの物体が現れた。海底の下から吐き出された火山物質のてっぺんに達したのだ。堆積物は、どんどん色が濃くなっていった。一瞬、激しく噴き上がる煙が画面の端をかすめたかと思うと、歯をむいた巨大な噴出孔が姿を現した。

船をさらに動かすと、もくもくと膨れ上がった黒煙にカメラはすっぽりと包み込まれてしまった。黒煙はそのまま800メートルほど上へ向かって伸びていた。平均的なチムニーをはるかにしのぐ怪物スモーカーであることは明らかだった。船はその後も移動を続け、他にも水煙を噴いているブラックスモーカーを発見した。

海底にうずたかく積もった硫黄物とチムニーの残骸から、オーロラ熱水噴出孔は数千年の間活動していたことは間違いない。はるか昔から、北極海の海底に熱と栄養を与えていたのだろう。

オーロラ熱水噴出孔の生態系は

奇妙なことに、少なくとも今回の調査で撮影された写真を見る限り、オーロラ熱水噴出孔の生態系は異常なほど閑散としている。チューブワームの集団も貝も姿が見えない。微生物マットですら、一部をカメラがとらえたものの、やけに薄く見える。その代わり、ここは小さな巻き貝や端脚類(エビのような外見を持ち、生物の死骸を食べる)のすみかとなっているようだ。

「他の海の噴出孔には、おびただしい量の生き物が群がっています。それらとは比べ物になりません」と、ラミレズ・ロードラ氏は言う。「でも、まだ数枚の写真しかありません。どれも良く撮れていますが、ここはまだ詳しい調査が行われていないのです」

体長5センチほどの赤いエビの下に見えるのは、大型のガラス海綿と、海綿の死骸で飾り立てられた溶岩(PHOTOGRAPH BY OFOBS, AWI TEAM)

ポルトガル、アヴェイロ大学の生態学者アナ・ヒラリオ氏もまた、他の深海に多く見られるチューブワームがここにはまったくいないことに驚いたという。ヒラリオ氏とノルウェー、ベルゲン大学の分類学者ハンス・トレ・ラップ氏は、北極海の海底に生き物があまりいないのは、この海域が誕生してからまだ6000万年しか経っていないためではないかとみている。この数字は地質学的には若いとされ、深海生物はまだここへ到達して極限環境に適応していないと考えられる。

この海域で唯一繁栄しているように見えるのは、2種のガラス海綿と呼ばれる海綿類だけだ。繊細なガラスのような骨格を持つことから、そう名付けられた。直径1メートルに達することもあり、寿命は推定数百年ともいわれる。かろうじて生きているといわれることもある。体の中で有機物は5%以下、残りは砂やガラスと同じシリカ(二酸化ケイ素)でできているためだろう。幸い、NUIは修理後再び海底へ潜り、噴出孔近くのガラス海綿をいくつか採取してきた。

地球外生命を探す研究者にとっても、今回の観察結果は興味深いものだった。地球以外の星の海には太陽の光がほとんど届かず、唯一の安定的なエネルギーは、星の内側から湧き上がってきているはずなのだ。

ケビン・ハンド氏は、そのような異星の氷に包まれた海にもし生命がいるとすれば、その存在を示す痕跡をどうやって探すかという研究をNASAで行っている。今回の探査では、オーロラ・フィールドの海面に浮かぶ氷を調査した。氷の中に、生命を支える噴出孔の痕跡が閉じ込められているかもしれない。それが、他の星で生命を探す際の手がかりにもなるかもしれないのだ。

「氷の下にある海をのぞくための窓として、表面の氷を調べます。他の星の海での探査で分かることと、関係しているはずです」

(文 Nadia Drake、訳 ルーバー荒井ハンナ、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2019年11月24日付]

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