冬眠中のはずだったのに… 巣穴でクマが向かってきた

日経ナショナル ジオグラフィック社

2019/12/7
ナショナルジオグラフィック日本版

(Photograph by Corey Arnold)

米ユタ州に、クマと人が遭遇する事故の対策をたてるため、クマに発信機付き首輪を取り付け、クマの行動を調べている研究者がいる。ただ、発信機のバッテリーは一定期間で交換しなくてはならない。相手は体重160キロある野生動物だけに、交換作業はクマの冬眠中に行われる。今回、この作業に参加した写真家が、想定外の状況に遭遇した。そう、眠っているはずのクマが動き出したのだ。緊迫の模様を、作業に同行した写真家に語ってもらおう。

◇  ◇  ◇

やることは単純だった。電池を交換するだけだ。だが、その電池があるのは、アメリカクロクマに着けられた首輪の発信器だった。場所は米ユタ州、ブライスキャニオン国立公園。私をこの「ちょっとした冒険」に誘ったのは、米ブリガムヤング大学の野生生物学者ウェス・ラーソンだ。彼は、人里離れたキャンプ場付近で人とクマの衝突を減らす方法を模索している。私たちは、冬眠中のクマに麻酔を打つ手はずだった。

晴れて冷え込んだ2月のある日のこと。ウェス、兄弟のジェフ、助手のジョーダン、そして私は、クマの首輪から送られるGPS(全地球測位システム)の座標を追っていた。急坂を登り、赤色土の峡谷に入ると、辺りは背の高い茂みと、降ったばかりの雪に覆われていた。GPSの座標を目指し、小山の急な山腹を登った。巣穴の入り口を探そうとして雪をつつくころには、気温はマイナス10℃を下回っていた。

GPSの信号のおかげで、いくつかの巣穴に行き着いたが、いずれも空だった。日が沈むころになり、私たちはもう引き上げようかと考えていた。

その時、雪の覆いが崩れ、砂岩の洞窟が現れた。入り口の先は狭く暗いトンネルになっており、ジャコウのような野生動物のにおいが中から漂っていた。

トンネルは人1人が中で何とか方向転換できるくらいの幅で、左に曲がっている。奥に何がいるのか、入り口からは見えない。ウェスはためらわなかった。先端に麻酔の注射器具を付けた、伸縮できる1.8メートルの棒を手に、真っ先に中に入った。ジェフがはいつくばって後に続いた。

大きな目が私たちに向かってきらりと光った

30秒後、2人は急いでトンネルから出てきた。1年半前に首輪を着けたクマは、今や体重160キロ近くあり、目を覚ましていた。ウェスは何とか麻酔を打つことができたため、私たちは薬が効くのを待った。

アメリカクロクマは冬眠に入ると呼吸が遅くなり、体温は7℃ほど下がる。代謝率を半分に落としながら、危険には反応できる温度だ。

再び洞窟に入るウェスに、私は前腕と両ひざで這(は)いながら後に続いた。クマがもし攻撃してきても、私より先に噛みつかれるのは彼だと思うと、ほんの少し安心できた。

トンネル内部の曲がり角を越えると、大きな目が私たちに向かってきらりと光った。クマはまだ眠っていなかった。このとき、冒頭の写真を素早く撮った。下がって追加の麻酔を準備する間、じっとしているようにと、ウェスが私に言った。半端に鎮静された状態でクマが洞窟から出たら、下の谷に落ちてしまうかもしれないからだ。

クマが這いだし、私たちに近づいてきた。私は洞窟から出ざるを得なかった。ウェスが2本目の麻酔を打ったので、私たちは必死にバックパックとストックで入口をふさいだが、クマはふらついた足取りでバリケードを破り、雪の積もった斜面を下り始めた。ジェフとジョーダンがクマの後ろ脚に飛びかかり、離すまいと懸命になった。ウェスがクマの背中に飛びつき、首輪をつかんだ。

クマは3人を引っ張りながら山腹を下り、マツの下枝のところで止まった。麻酔が効いていたのだ。クマはもう眠っていた。ウェスとジェフの兄弟は発信器付き首輪を交換し、健康状態を調べた。

だが、厄介な任務がまだ1つあった。眠りこけた体重160キロのクマを、雪に覆われた斜面の上へ上げ、目を覚ます前に安全に巣穴に戻さなくてはならない。私たちはクマを全力で押したり引いたりして、薬が切れる前にやりおおせた。

春の訪れとともに、新しい首輪から信号が届き、クマが例年通り活動し始めたことを告げた。あれ以上人と接触することがないよう、私たちは願っている。

(文・写真 COREY ARNOLD、訳 高野夏美、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2019年11月5日付]

ナショナル ジオグラフィック日本版 2019年12月号[雑誌]

著者 : 日経ナショナルジオグラフィック
出版 : 日経ナショナルジオグラフィック社
価格 : 1,131円 (税込み)


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