2019/12/3

10代後半から20代前半でアイドルになり、10年近く全力で駆け抜ける。だがいつかその日はやってくる。卒業と言う名のメンバー入れ替えや、グループ解散はアイドルにとって大きな転機になる。

橋本ゆきさんは19年3月、「仮面女子」を卒業し、4月の統一地方選挙で渋谷区議会議員に当選した。政治家を目指したのは、若い世代を元気にしたいと思ったからだ。アイドルに続き、今度は政治の世界から若い世代にメッセージを送りたい。仮面女子のメンバーの1人が事故で車椅子になってしまったが、彼女はアイドルを続けている。「すごいな」と思った。「諦める人を少しでも減らしたい。女性だから、障害があるから、お金がないから、様々な理由で夢を諦める若者は多い。そんな若い世代の仲間たちに、諦めなくていいんだよと背中を押したい」

アイドルから渋谷区議会議員になった橋本さん

現在、26歳。渋谷区議の任期が終わると30歳になる。国政を目指すのかとよく聞かれるが、「4年後に社会の仕組みがどう変わっているのか、今の時点では想像もつかない。4年後の大きく変わった社会で自分は何をしたいのか、何ができるのか、そのときのベストの道を考えたい」。今は議会での初の代表質問に向けて、準備に余念がない。

人気グループ「アフィリアサーガ(現「純情のアフィリア」)」のリーダーだった水口ルイズさんは現在、所属していた大手芸能事務所メージスの正社員として、プロデューサーの仕事をしている。大学を出た後、22歳でアイドルになった。目いっぱい頑張ってきたが、30歳を目前にして考えた。これから先どうしよう。そんな時、事務所の社長が思わぬ進路を示してくれた。アイドル時代の経験を生かし、後輩を育て、支える仕事をしてみないかと。

水口さんはアイドル時代から、自分が目立つより、メンバーに光が当たるのが好きだった。リーダーに指名された時も、1週間断り続けた。正社員になるのだからと、これまで縁のなかったビジネス書を読みあさった。30歳手前までアイドルをやってきたから、社会人としての最低限の常識を身につけようと心がけた。

メージスには水口さんのほかにアイドル出身の正社員が1人いる。舞台裏からアイドルを見るようになり、現役時代に見えなかったことが見えておもしろい。「就職できるアイドルって、ちょっといいでしょ」

憧れだったアイドルになって今は楽しいが、10年後の自分はどうなっているのか。そんな漠然とした思いを抱えるアイドルは多い。水口さんは語る。「出口に不安を持つ後輩たちに、1つの道を示せたかな」

なるのは難しいが、納得して辞めるのはもっと難しい。それがアイドルという職業だ。

「雲の上」から身近に ~取材を終えて~

山口百恵さん、松田聖子さんなど昭和の時代のアイドルは雲の上の存在で、実物を目にすることも難しかった。今のアイドルは毎週のようにライブを開き、終了後は握手ができ、一緒に写真もとれる。男性の憧れの的だったアイドル像は、AKB48の登場後大きく変わった。アイドル自身も、この道一筋で志したという層から、キャリアの1ステップと捉える女性へと裾野が広がっている。

一方でCDの売り上げは年間1500億円程度でピークとなる20年前の4分の1だ。インターネットで曲をダウンロードするサービスが普及したためで、最近は定額使い放題になり、1曲あたりの単価は0.1円以下だという。1枚千円のCDを売るために、握手や写真撮影の権利をおまけに付けている。そうでもしないとCDは売れない。タオルやTシャツなどグッズも貴重な収入源だ。アイドルという職業は今も昔も楽ではないが、それでもなりたいと思う若い女子は後を絶たない。

(編集委員 鈴木亮)