CTや抗菌薬にも警鐘 米国の医師が認めるムダな医療
米国では医療界が率先してムダな医療を減らそうとする動きが起きている。それが「Choosing Wisely」(賢い選択。以下、CW)キャンペーンだ。2012年、医師らで構成する非営利組織、米国内科専門医認定機構財団(ABIM財団)が中心となり、当初は9つの医学会が不必要と思われる医療行為の"5つのリスト"をそれぞれ作成してインターネットに公表。ポイントは医療従事者自らがムダな医療行為を洗い出して発表したことだ。
米国では高額な医療費の抑制を目指し、10年に国民皆保険を目指す「オバマケア」がスタート。さらに、学会などの有力者の考えで医療の方向性が左右されていた時代から、「Evidence-based medicine」(根拠に基づく医療)へと米国の医療現場の考え方そのものが劇的に変わりつつあることも大きく影響した。
CWは全米に広がり、現在は100万人以上の臨床医が所属する80以上の医学会がキャンペーンに参加。それぞれが5つのリストを発表し、リストは550項目に上る。医師だけでなく、看護師、理学療法士、作業療法士、薬剤師などの医療従事者全体へと広がりを見せている。提示するリストはあくまで「推奨」。患者や医師に対して"賢明な選択"を促すのがそもそもの目的だ。
では、彼らが掲げるムダな医療行為とはどのようなものだろうか。
例えば、日本ではよく実施されることの多いCT検査だが、CWでは胸部X線検査に比べると被曝量が多めで、腹痛や子供の虫垂炎、がん検診などでむやみに行わないことを推奨。本当に必要なシーンでなければ「メリットよりデメリットが上回る」医療とされる。
「風邪に抗菌薬は必要なし あなたの処方は大丈夫?」の記事でも紹介した、ウイルス感染症に抗菌薬というような処方は耐性菌などのデメリットがあるうえ「メリットはゼロ」。手術の切り傷や急性副鼻腔炎などでも抗菌薬は推奨されていない。
こうしたムダな医療はなぜ生まれるのか。『絶対に受けたくない無駄な医療』(日経BP)の著者で医療経済ジャーナリストの室井一辰氏は「医師と患者の認識の差に問題がある」と指摘する。患者側は現在の医療が厳格かつ科学的に行われていると思い込み過ぎている。一方で、医療側は新しいエビデンスやデータよりも自分の経験の方が勝っていると思い込みがちだ。「そのため漫然とした医療行為が自身の経験のみに基づいて継続され、患者側も医療を盲信して疑問を持たないことが多い」(室井氏)という。
医療機関同士の競争も激しくなっている。「正しい医療でコストをかけずに患者を健康にする病院の方が将来的に収益が向上するのは明らか。勇気を持って効率的な医療に転換した病院と、昔ながらの過剰医療を続ける病院とに今後は二極化していくだろう」(室井氏)。
米国の学会が警鐘を鳴らす「受けたくない医療・健康法」
※書籍『絶対に受けたくない無駄な医療』(日経BP)を基に編集部で作成。米国の各学界が推奨するChoosing Wiselyリストに掲載された情報に基づく
●前立腺がん検診のために安易にPSA検査をしない
米国家庭医学会などでは、前立腺特異抗原(PSA)検査が過剰な診断を招くとしている。手術など治療を受けた際の身体的負担が明確な半面、PSA検査を受けても死亡を防ぐ効果は無いという臨床研究がある。
●ストレス性胃潰瘍に予防投薬しない
ストレス性胃潰瘍への予防投薬は、集中治療室で体調が悪化している人を例外として推奨されない。消化器合併症のリスクが無いならば、投薬しない方が副作用の問題が無くなり、医療費の軽減にもつながる。
●手術の切り傷に抗菌薬を塗らない
米国皮膚科学会では、術後の切り傷に安易に抗菌薬を塗ってはならないとしている。抗菌薬を塗ることで傷口を刺激し、自然な治癒を遅らせる可能性があるほか、耐性菌を増やしてしまう恐れもある。
●大腸がんの内視鏡検査は10年に1回で十分
平均的なリスクを持つ人であれば、高性能の大腸内視鏡で陰性と出た場合、がんのリスクはその後10年間にわたって低いと分かっているという。家族歴や既往歴、ポリープなどの異常がなければ10年に1回が適当。
●気管支炎の子供に気管支拡張薬を使わない
気管支炎では気管支を広げて空気の通りを良くする治療が行われるが、米国小児科学会は「気管支拡張薬の効果はごく限られている」として、けいれんなど薬のデメリットを重視するよう注意を促している。
●急性副鼻腔炎ではむやみに抗菌薬を使わない
ほとんどの副鼻腔炎はウイルス感染によるもので自然に治る。米国家庭医学会では「軽度から中等度の急性副鼻腔炎は7日以上続いたり初期の改善後に悪化が見られない限りは抗菌薬を使わない」としている。
●無用な胸部X線検査はするべからず
特別な病歴や検査で異常が見られない外来患者に、入院時や術前の胸部X線検査は必要無い。米国外科学会によると、検査を受けた人のうち、治療方針に影響するのは僅か2%にすぎなかったという。
●頭痛に市販薬を長々と使わない
米国頭痛学会は、頭痛薬の短期使用については効果を認めているが、長期的に使うことは勧めていない。頻繁な使用で薬剤乱用頭痛などを起こしかねない。1週間に2回の使用にとどめることが推奨されている。
●頭痛では脳波を測定しない
米国神経学会は「頭痛に脳波測定は必要無い」と断言している。頭痛の診断においては医師の診察が脳波測定に勝るというのがその理由だ。不要な検査は患者の出費を増やすだけでメリットが無いとしている。
●変形性膝関節症にグルコサミンやコンドロイチンは効果無し
グルコサミンやコンドロイチンは軟骨の合成に関わる成分。しかし、米国整形外科学会は、「グルコサミンもコンドロイチンも変形性膝関節症の症状を緩和させる効果は無い」と指摘している。
●爪水虫と思っても飲み薬はほとんど不要
白癬菌による爪水虫は経口抗真菌薬での治療が一般的。しかし、米国皮膚科学会によると、爪水虫を疑われる症状の半分は、実際には白癬菌の感染ではないという。白癬菌と確定してから治療を開始するべきだ。
●胃ろうは認知症では意味無し
認知症が進んでいる場合、胃に直接栄養液を注入する「胃ろう」を作ってもQOLを下げるだけで延命効果が無いという。米国医療ディレクターズ協会は「認知症では胃ろうを作るべきではない」としている。
●軽度の頭部外傷でCT検査をするべからず
米国救急医学会は「軽度の頭部外傷に対して、救急で頭部CT検査をしてはならない」と断言。高リスクと判断されるもの以外は骨折や脳出血の恐れが少なく、放射線を使うCT検査で診断する必要も無いという。
●腰痛だからと休養しない
腰痛になったら休んだ方がいいと考えがちだが、北米脊髄学会は「腰痛患者に対する治療として、48時間以上横になることは臨床研究上のメリットが認められていない」と指摘している。
●サプリメントは健康維持に効果無し
ビタミン類を除く、ダイエット系、ハーブ系のサプリメントは「健康維持の目的で使うべきではない」というのが米国医学毒性学会などの見解。厳格な質の管理が欠如していて、成分をうまく調整できていないという。
(文 竹下順子)
[日経トレンディ2019年10月号記事を再構成]
健康や暮らしに役立つノウハウなどをまとめています。
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