冬の六甲山踏破しいい湯だな 甲陽学院変わる伝統行事甲陽学院中学・高校(下) 教育ジャーナリスト・おおたとしまさ

学校を出て最初の難所「ゴロゴロ岳」=甲陽学院中学校・高等学校提供(一部加工しています)
学校を出て最初の難所「ゴロゴロ岳」=甲陽学院中学校・高等学校提供(一部加工しています)
勉強以外の面に注目して進学校の姿を描くこのシリーズ。甲陽学院中学校・高等学校(兵庫県西宮市)編の最後となる今回は冬の行事「耐寒登山」を取り上げる。長く受け継がれてきた行事のありようが映す「甲陽らしさ」や生徒たちの気風の変化について、教育ジャーナリストのおおたとしまさ氏がお送りする。

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六甲山は「学校の裏山」みたいなもの

甲陽の伝統行事の一つに「耐寒登山」がある。2月の真冬に高校生たちが六甲山を登る。夏に登山をしたり、秋に強歩大会を開催したりという学校はよくあるが、標高931メートルとはいえ、冬の登山である。

小説『浜風受くる日々に』(風見梢太郎著、新日本出版)は1964年から66年の甲陽が舞台で、この耐寒登山が重要な場面として描かれる。小便をしようとしてコースを外れた生徒が道に迷い、死すら意識する緊迫したシーンがある。

定かではないが、1960年前後に始まったとされている。かつては「耐寒訓練」と呼ばれていた。極寒期に身体を鍛えるため、1週間にわたって校庭を走り、その勢いで最終日に登山するのがお決まりだった。いまではその登山だけが受け継がれている。

高校が甲子園にあったときには、山の麓で集合し、そこからスタートした。1978年に高校が六甲山の麓に移転してからは、学校をスタートして、学校に戻るルートになった。1990年にルート変更。学校をスタートして有馬温泉へ抜け、現地解散となった。

六甲山も標高が高いところでは一面の銀世界=甲陽学院中学校・高等学校提供(一部加工しています)

学校としてもさぞかし気合を入れて取り組むのだろうと思いきや、自らも甲陽出身の今西昭校長は「いやあ、そんなに珍しいですか?」と笑う。距離にして十数キロ。朝9時にスタートして午後3時にはほぼ全員がゴールする。天気さえ良ければさほどつらい行事ではないらしい。教員が撮った写真を見せてもらうと、たしかに生徒たちは割と軽装で、みんな笑顔で余裕がある。やや拍子抜けではある。

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