同窓会からの寄付金もお断り

甲陽の教室ではかつて総楢(なら)材の武骨な木製机が使用されていた。創立40周年を記念して辰馬本家14代当主・辰馬吉男氏から贈られたもので、「辰馬さんの机」として親しまれていた。厚さ2.5センチの天板の下は物入れになっており、椅子の下は収納スペース。中学生1人では運ぶことができないほど重厚なものだ。天板の端には1本の溝が彫り込まれている。鉛筆が転がり落ちないようにとの細やかな工夫である。

「辰馬さんの机」は、重厚で上質なものを長く大切に使うこと、加えて、隅々までこまやかに心を配ることの大切さを、無言のうちに生徒たちに伝えていた。1990年代半ばに教室での使用は終えられたが、いまでも中学校の小ルームに50脚だけ残っている。

他方、「金は出しても口は出さない」が、関西の篤志家の矜持(きょうじ)であるらしい。事業で成功して財を成した者がそれを社会に還元するために私財をなげうつのなら、それが自分の力をさらに誇示するものであってはみっともないという美学が根底にある。いまでも実際、理事会は学校の教学面や人事に一切の口出しをしない。

その美学は、潔癖といっていいほどに貫かれている。甲陽という学校は、一切の寄付を受け付けない。保護者からの寄付も、卒業生からの寄付も、そして同窓会からの寄付さえも。学校現場への“部外者”の介入を徹底的に避けるためだ。卒業生から多額の寄付が集まることを誇る私学は多いが、甲陽はその逆なのである。

それだけ金銭の力は恐ろしいということを、江戸時代から続く商人の系譜として、身にしみてわかっているのだろう。理事会と同窓会と学校現場は決してなれ合いの関係にはならず、常に一定の距離感を保っている。

中学校の校舎は海に近い香櫨園地区にある

元を正せば甲陽はイギリスのエリート養成校であるパブリックスクールに範をとってつくられた学校だ。「言うまでもなく、エリートには一般の人々とは違う厳しい倫理観や潔癖さが求められます。李下(りか)に冠を正さずの行動規範が求められます。昨今わが国の“エリート”たちの情実にまみれた振る舞いの数々を見るとき、甲陽の根本精神である『さやけさ』を誇りに思います」と今西校長。

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「劇的な改革よりも地道な改善」が甲陽流
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