海外売り上げに限界あるビジネスモデル
アルカーセル 日本における主な収入の柱は、劇場チケット、CD・DVD、関連グッズ、広告・CMです。世界的にCDの売り上げが激減しているにもかかわらず、日本ではいまだCDというメディアが生き残っていますが、これもAKB48とその関連グループのCDが独自の付加価値をつけて売られているからです。
ところが、このビジネスモデルは海外での売り上げに限界をもたらしています。AKB48とその関連グループは「直接会いに行ける」「至近距離で見られる」ことを売りにしていますから、韓国のアイドルグループ、BTS(防弾少年団)のように、世界中の巨大スタジアムでライブをすることはできません。基本的には専門の小劇場で公演をする必要があるのです。
日本国外でAKB48のフランチャイズグループをつくって、ビジネスを展開する際には、まず劇場をオープンしなければなりません。なぜなら、握手会をするために毎回、日本から本家のAKB48を呼ぶわけにもいかないですし、ジャカルタやバンコクのファンも頻繁に日本に行くことなどできないからです。そこで、現地でグループをつくってフランチャイズビジネスを展開することになります。ジャカルタ、バンコク、上海にはすでに専門劇場がありますが、この劇場と握手会を中心とするビジネスは、売り上げに限界をもたらす結果になっています。チケット売り上げも関連グッズの売り上げも劇場のキャパシティーで決まってしまうからです。
AKB48のフランチャイズビジネスはミュージカルのビジネスととてもよく似ています。たとえば、アメリカでは「ハミルトン」というミュージカルが人気を集めていますが、どれだけ人気があってもニューヨークのブロードウェイだけで上演していては、「劇場のキャパシティー×チケット料金」が収入の上限になってしまいます。最近ではプレミアムシートなど高額な席もありますが、それも限界があるでしょう。そこで、海外を含め、他の都市で上演しましょう、ということになる。それでもミュージカルを数万人も収容するスタジアムで上演することはできませんから「劇場のキャパシティー」の限界に直面する。さらには、劇場が埋まらない、というリスクもある。つまり、海外で大きくもうけるには、時間も手間もかかるビジネスモデルだといえます。
佐藤 BTSをはじめとする韓国のアイドルグループと日本のアイドルグループのビジネスモデルの最も大きな違いは何ですか。
巨大スタジアムでファン増やす韓流アイドル
アルカーセル 韓国のエンターテインメント企業や芸能事務所が目的としているのは、自社のアイドルのファンの数を世界中で増やしていくことです。BTSは、アメリカ、イギリス、ブラジル、日本などで世界ツアーをおこなっていますが、会場はどれもメットライフ・スタジアムやウェンブリー・スタジアムなど巨大スタジアムです。BTSは握手会などもやりませんし、ファンが簡単に会いにもいけるアイドルではありません。
これまで多くのグループがアメリカ市場に進出してきましたが、その中でBTSは最も成功したグループだと思います。BTSの曲もミュージックビデオも、韓国的な要素は最小限に抑えられていて、グローバル市場を意識してつくられています。「顔がアジア人」というだけで、イギリスやアメリカ出身のアーティストだといわれても、何の疑問ももたないほどです。
私にBTSというグループの存在を教えてくれたのは、12歳の娘です。彼女はずっとアメリカで育っていますが、すっかりBTSの虜(とりこ)になっています。今では、BTSの母国のことをもっと知りたいと韓国ドラマを見ているほどです。韓国語など一切わからないのに、映像を眺めているんです。「Kポップの海外進出は韓国政府の国家戦略で、BTSの人気は韓国政府がお金で買ったものだ」と批判する人もいますが、政府の支援だけでこのような人気を集めることはできないと思います。
一方、日本のエンターテインメント企業や芸能事務所は、日本人をターゲットにして、日本人から支持されるアイドルグループをつくっています。曲もミュージックビデオも日本人向けにつくられており、欧米の巨大スタジアムでコンサートをすることを目的にはしていません。なぜなら、国内市場がそれなりに大きいため、国内で成功すれば十分に採算がとれるからです。
ハーバードビジネススクール教授。専門は経営管理。主に国際競争が多国籍企業の立地戦略に与える影響を研究。MBAプログラムにて「国際競争戦略」、エグゼクティブプログラムにて「戦略:競争優位性の確立と維持」などを教える。通信企業、エンターテインメント企業、航空企業のグローバル戦略に関する教材を多数執筆。
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