日経ARIA

距離を詰めてくる「元上司」

一方、某外資系メーカーには、「社内ではコンプラ順守で守りが堅いが、社外の女には遠慮なく距離を詰める男」と女性社員の間でささやかれる役員がいるという。ある女性社員は、あきれ気味にこう語る。

「女性部下が転職すると、職場の外で2人きりの食事に誘って、食事中は名字ではなく下の名前で呼んでくるそうなんです。例えばそれまでの職場では普通に名字で『石原さん』だったのが、社外で顔を合わせた瞬間から『さとみさん』で、そんなふうに呼ばれたことのない元部下は何事が始まるのかとびっくりしますよね。時間がたって食後のコーヒーくらいになるとすっかり『さとみちゃん』になっているとかで、一旦転職で社外に出た相手ならもう安全と言わんばかりに、距離の詰めかたに遠慮がない。女性同士って、社内はもちろん、社外にも同業や異業種のネットワークがありますから、そういうのってすぐ耳に入ってきて、みんなで『ヤツは常習犯だな』と話しています」

昨今のコンプライアンス規定やらパワハラ、セクハラ防止やらで「社内では保身のために清く正しくお行儀よく」する、だが、一歩社外に出れば「下の名前にちゃんづけで距離を詰める」――そんな、割とオールドなテクニックを使っておイタをしようとする、夢を見たい世間のおじさんたちの姿が垣間見えてくるのである。しょうがないな。

管理職は、そこのところ、フェアでいきたいですよね

敬称が意味する「心の距離」

広辞苑(第7版)には「ちゃん《接尾》(サンの転)人を表す名詞に付けて、親しみを表す呼び方」とあるが、「ちゃん」づけが「さん」づけよりはるかに心を許した印象、踏み込んだ印象を生むのは、「ちゃん」という敬称が愛玩の空気をまとっているからなのだろう。小さい子どもや、後輩、ペット。「さん」や「ちゃん」などの敬称が意味するのは敬意の度合いと国語で学ぶけれど、実生活のコミュニケーションで敬称が意味するのは「心の距離」だ。

例えば私が女性同士で名前を呼ばれるとき。

◆河崎さん → ごくプレーンでニュートラル、感情的にはそれがプラマイゼロ地点
◆河崎ちゃん → 私のキャラではそんな風に呼ばれたことないけど、なんかギョーカイっぽくてプレイフルな印象
◆河崎 → 瞬間的に自分の中の後輩マインド、下っ端マインドが起動されて「ハイッ」と姿勢をただすと思う
◆環さん → 「下の名前の親しみ」+「『さん』の敬意」で絶妙にポジティブな「お友達になりましょう」宣言
◆環ちゃん → 同級生とか親戚とか先輩とかで私を古くから知っているか、またはすでに仲良し女子同士
◆環 → 「同じ釜の飯を食った」マブダチ感

ところが、これが男性に下の名前で呼ばれるとなると、状況が一変する。

◆環さん → 「おっ? なんで下の名前で呼んだ? どういう意図?」
◆環ちゃん → 「ほう……。勇気あるなキミ」
◆環 → 「えーと、そちらさまはアタクシのダンナか元カレかなにかでいらっしゃいましたでしょうか」

アラフィフに足を踏み入れたコワい私を下の名前で呼んでくださるような奇特な男性はまあいらっしゃらないがゆえに、オトナの女を下の名前で呼ぶことにはなんかムフフと口元が緩みかねない「相当な一線」を越える印象を受ける。「あっ、やっ、ちょっと、ダメだったら!」感である。だからなのだろう、知恵のある年下男子は戦略的に年上女子を「○○ちゃん」「○○(呼び捨て)」と呼んで、相手をメロメロにするのだそうだ。ふーんそうなのか、冥土のみやげに一度呼ばれてみたいものだな……(遠い目)。

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女性上司となる世代の「敬称略」マナーとは?