薬物依存、後悔の涙が伝えるもの 元乱用者に聞いた立川談笑

そういえば、薬物依存の治療をしている疑惑があるからと、病院前でスポーツ選手に直撃取材をしたメディアがありましたっけ。違法薬物にまつわる報道とはいえ、記事が出るだけで本人は治療を受けにくくなりますよ。彼が前向きに社会復帰しようとする芽を摘み取ったように私には思えました。犯罪は犯罪ですが、治療や社会復帰も大切です。ここはなんとも難しい。

元乱用者の男性は続けます。「合成麻薬『MDMA』は怖い! とんでもなく恐ろしいものですよ、あれは!」。覚せい剤に手を出していた彼が、目の色を変えて合成麻薬の恐ろしさを訴えます。どこが恐ろしいのか?

「薬物乱用の入り口として、あれほど怖いものはありませんよ。だって、考えてみてください。覚せい剤ってハードルが高いでしょ。自分の体に自分で注射針を突き立てるなんて、普通やりませんよ。怖いでしょ。あるいは火であぶって何か吸い込むとか。手を出すには少なからずハードルがある。何か特別なことをする感じがしますよ。ところがどうですか、MDMAは錠剤です。ポンと口に放り込むだけ。風邪を引いたから、頭が痛いからって錠剤を飲む、あれと同じで日常的な動作です。ハードル、ゼロ。しかもカラフルでおしゃれな模様があしらってあったりして。あれ見た時はゾっとしましたよ。これはヤバいだろうって。乱用の世界への入り口としてあれほど恐ろしい物はありません」

覚悟と不安が交錯した作業着の背中

ほかに我々の知らないところでの薬物の浸透ぶりも教えてもらいました。例えば、ドラッグに興味がなくても、先輩に強要されて買わされる。払った金を回収したいから、自分のさらに後輩にドラッグを売りつける。買わされた後輩は、もっと立場の弱いやつを探して押し付ける……、なんて話とか。

そろそろ私たちの距離感がなじんだところで、思い切って再犯の可能性について聞いてみました。「どうですか? もうクスリには、手を出さない?」

「ぜんぜん自信はありません。やめられたなんて思っていません」

即答でした。毎日が自分との闘いなのだそうです。「今はやめてます。やるつもりも全くありません。でも、いつまた手を出すか、自分でも不安なんです。ちょっと前までは『ネタバ』、薬物を密売する場所ですね。そこにも近寄らないようにして。ぐるっと遠回りしたり。今はそこまでじゃないんですけど、でも不安です。だからこれ。仕事中、いつもこれ着てるんです」

立ち上がった作業着の背中いっぱいに手書きで「覚せい剤やめますか それとも人間やめますか」の文字がありました。建設現場で、この姿ですか。うん、理解のある施工主さんがいらっしゃるってことですよね。社会復帰を支えようという。また一方では、くじけそうな自覚があって、他人の厳しい目までも支えにしようとする。覚悟と心細さが交錯する、つらすぎる背中です。

最後にこんな質問をしました。「一番後悔してることって、何でしょう?」。ふーっ、と大きく息を吐くと彼はしばらくうつむいていました。そしてまっすぐに顔を上げると、ぼろぼろ涙を流しながら絞り出すように言いました。

「愛する妻に、クスリを、教えてしまったことです」

なんともやるせない話になりました。彼へのインタビューを通じて、依存とはこれほどまでに強烈で恐ろしいものかと思い知らされました。といっても本人の味わっている苦しみは、本当には分かりはしないのですが。せめて受け取ったものを私なりに落語に反映させようとした結果が、創作落語『シャブ浜』です。酒におぼれた魚屋を妻が立ち直らせる古典落語『芝浜』を、現代版として改作しました。覚せい剤中毒のトラック運転手とその妻の、転落と再生の物語です。もし機会があれば聴いてみてください。

今回はあえて深い苦しみを背負った男性の声に耳を傾けてみました。本来は弟子の吉笑と「マクラ」を交互に投げ合うのがこの連載。吉笑よ、ぜひ次回は明るく楽しい話をしておくれ!

立川談笑
1965年、東京都江東区で生まれる。高校時代は柔道で体を鍛え、早大法学部時代は六法全書で知識を蓄える。93年に立川談志に入門。立川談生を名乗る。96年に二ツ目昇進、2003年に談笑に改名、05年に真打ち昇進。近年は談志門下の四天王の一人に数えられる。古典落語をもとにブラックジョークを交えた改作に定評があり、十八番は「居酒屋」を改作した「イラサリマケー」など。

これまでの記事は、立川談笑、らくご「虎の穴」からご覧ください。

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