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東京・北千住の飲み屋街(画・安住孝史氏)

東京・北千住の飲み屋街(画・安住孝史氏)

 夜のタクシー運転手はさまざまな大人たちに出会います。鉛筆画家の安住孝史(やすずみ・たかし)さん(82)も、そんな運転手のひとりでした。バックミラー越しのちょっとした仕草(しぐさ)や言葉をめぐる体験を、独自の画法で描いた風景とともに書き起こしてもらいます。(前回の記事は「運転手は酔客の優しさに酔う タクシーと酒のこぼれ話」

秋が深まってくると、テレビやラジオから「ことし一番の冷え込み」という予報が聞こえてくるようになります。そのような朝にお客様をお乗せすると、防虫剤に使われる樟脳(しょうのう)の匂いがよく漂ってきました。箪笥(たんす)から出したばかりの冬のコートの匂い。晩秋から冬の始まりへ季節が移行していることを実感したものです。

毎年11月は酉(とり)の市が始まる時期でもあります。東京・浅草の鷲(おおとり)神社の酉の市は、午前0時から24時間続きますから、真夜中から次の真夜中までにぎわいます。僕が浅草のタクシー会社にいたときは、お店などの商売の帰りに寄られる方を目当てに、夜中に神社周辺に向かったものです。お客様は縁起物の熊手を買ってお持ちですが、熊手はかさばるのでタクシーを利用する方が多いのです。

幼い日の楽しい記憶は昨日のよう

熊手のサイズは、前の年と同じか少しでも大きいものを買うのが習わしです。縁起物ですから熊手を買われたお客様は不思議と皆さん明るい表情をしています。ですから僕も気楽にお客様に話し掛けますし、お客様も気楽に話し掛けてきます。熊手はお金や幸運をかき込む道具ですから、お客様には飲食店や商店の主が多いのです。「運転手さん、もう少し景気がよくなるといいわよねぇ」なんて、自然と暮らし向きの話が出てきます。羽振りのよさそうな人はあまり見かけず、ちょっとでも景気がよくなればと願っている方が多かったような気がします。

40年ぐらい前だったでしょうか。僕より少し年配のお客様が、浅草の酉の市の帰りに「北千住まで」と乗って来られました。自分の経営する店が営業を終えた後に酉の市に駆けつけ、また戻るところのようです。北千住駅に近い飲み屋街で降りるまで10分余りでしたが、子どものとき父親に連れられて酉の市に来たときのことを話してくれました。

都電が走る神社の前の大通りが道幅いっぱいの人であふれていたこと、吉原の遊郭のあたりも人混みで歩けなかったこと、吉原公園でのオートバイの曲乗りサーカスがすごかったこと、そんな思い出を昨日のことのように話されます。オートバイの曲乗りというのは、巨大な樽(たる)を立てたような仕掛けの内側を、遠心力で壁に張り付いたように走ってみせたり、ハンドルから手を放したり、スリル満点の見せ物です。幼いころの本当に楽しかったときの記憶というのは、どんなに時間がたっていても、みなさん実に楽しそうに話されます。聞いている僕まで楽しいものです。

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