伝説のFRB議長が鳴らす最後の警鐘 中銀の独立性問う訳者に聞く『ボルカー回顧録 健全な金融、良き政府を求めて』

レーガン政権期に衝撃のエピソード

本書の刊行は2018年10月。当時、原著をいち早く読了した日本銀行幹部に尋ねたところ、最も衝撃を受けたエピソードは、レーガン政権期の1984年7月にボルカー氏がホワイトハウスに呼び出され、金利を引き上げるなと厳命されたことだと訳者に明かした。最近のトランプ大統領はパウエルFRB議長に対して日銀や欧州中央銀行(ECB)のようにマイナス金利にせよとツイートするほど要求をエスカレートさせているため、驚くような出来事には感じられないかもしれないが、ボルカー氏が本書の中で反駁しているように明らかな越権行為である。

歴代のFRB議長は時の政権との間合いに苦心した。ボルカー氏の3代前のウィリアム・マチェスニー・マーティン氏の場合、利上げに反発したジョンソン大統領から、地元テキサス州の牧場に呼びつけられ、体を壁に押される「暴力」を受けたとされる。ボルカー氏はインフレとの闘いで最も重要な局面で、FRBへの圧力を小言程度にとどめたカーター大統領に敬意を表している。

行政の現状に強い危機感

本書はボルカー氏の自叙伝であると同時に行政の現状に対する強い危機感を表明した書物でもある。最終の第16章「3つの基本原則」がその部分にあたる。ボルカー氏は具体的に「物価の安定」、「健全な金融」、そして「良き政府」を挙げている。このうち良き政府は実に考えさせられる、耳の痛い指摘である。ボルカー氏は母校プリンストン大学の教育内容までマイナスの材料として引き合いに出して、効果的な行政を実現するための努力が今のアメリカに欠けていることが、政府に対する信頼を失わせている一因だと主張する。

確かにアメリカに限らず、ポピュリズム的な言動が横行する国々には共通点がありそうだ。行政は自分たち市民が求めていることを分かっていないし、きちんと機能していない――。そのような受け止めが広がったとき、フェイクニュースやデマゴーグがつけ入る隙が生まれる。財政出動の余地が限られ、また中央官庁などへの就職志望が後退傾向にある日本では、果たしてどのようにしたら良いのだろうか。そのヒントがこの章に隠されている。

原著の刊行は高齢のボルカー氏が体調を崩したため、急きょ、数週間繰り上げになった経緯がある。出版社はボルカー氏のメッセージをできるだけ早く読者に届けるべきだと判断した。幸い、その後、ボルカー氏は元気を取り戻した。最近も8月に、グリーンスパン、バーナンキ、イエレンの後任のFRB議長3人と連名でウォールストリート・ジャーナル紙にFRBの独立性を尊重するよう訴える文書を寄稿した。ボルカー氏は日本版の帯に「最後の警鐘」とうたうことを認めてくれたが、この先も発信を続けてくれることを願っている。

(日本経済研究センター・エグゼクティブ・フェロー 村井浩紀)

ボルカー回顧録 健全な金融、良き政府を求めて

著者 : ポール・A・ボルカー, クリスティン・ハーパー
出版 : 日本経済新聞出版社
価格 : 3,520円 (税込み)

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