「AI社会を生き抜くカギ」 STEM的思考のススメ
「STEM」「STEM人材」……最近よく耳にしますよね。「ステム」と読むわけですが、これって一体、何なんでしょう。STEMは基礎となる「科学、技術、工学、数学」(Science、Technology、Engineering、Mathematics)の分野を基にした思考やスキルのこと。人工知能(AI)社会を生き抜くカギと目されます。課題発見から解決まで「科学的な思考」を身に付ける「STEM的思考法」について、STEM教育専門家 新井健一さんに聞きました。
科学的に考えて、世の中の問題を解決する
新井健一さんは、コンピューターによる教育効果を測る研究に長年携わってきた教育工学専門家で、STEM教育に関する研究・提言をする日本STEM教育学会の会長を務めています。
「STEM的な思考法とは何でしょうか」というそもそもの質問に、新井さんは「数理的、科学的に考え、世の中の問題を具体的に解決する」教育や考え方の基礎だと答えてくれました。STEM的な思考法とは簡単に言えば、科学技術を使って課題発見から解決までを行い、「人間の幸せにつなげる考え方」なのです。
新井さんはSTEMの中でもことに「E(エンジニアリング)」の力に着目します。
「E」の力は「問題解決プロセス」とされます。このプロセスは3段階に分かれ、
(2)「手順を考え実行する」
(3)「結果を振り返る」
を繰り返していきます。
(1)の課題発見は最も重要な部分。しかも、人間がすべきプロセスです。なぜなら(2)以降のプロセスを決定するからです。プログラミングでもものづくりでも、現実の社会に合うようにデザインするには、課題発見力を育てることが重要になります。(2)は演算を含むので、コンピューターで自動化しやすい。AIにがんばってもらうという選択肢もあるでしょう。
米国ではSTEM関連の職業に人気集まる
米国では既に、「STEM jobs(STEM職業)」が広く認知されています。検索で「Best STEM Jobs」と調べれば、給与が高く失業の可能性が低いことで人気のSTEM職業が多くランキングされていることが分かります。
例えば米情報サイト「U.S. News & World Report」の独自調査※によると1位はソフトウエア開発者(年収は約10万2000米ドル、約1100万円)、2位は統計学者(約8万4000米ドル、約910万円)から会計士や土木工学まで、伝統的な理系職業もあります。ビッグデータを使い、新しいビジネスやマーケティングを生み出す職業に人気が集まっているため、国を挙げてSTEM人材の育成に力を入れているのです。米国は2018年度のSTEM教育に、3億ドル(約320億円)を投じました。
※ランキングは、給与の平均値や雇用の大きさなどの複数の指標を基に、U.S. Newsが独自にスコアリングしたもの
新井さんによれば、日本にはまだ、STEM職業というくくりは特にないそうです。ただ米国におけるSTEM jobsを見れば、既に存在している多くの理工系職業が当てはまりそうです。ですがそれだけではありません。もっと幅広い職業がSTEMの考えを基にしているとされ、例えばお酒造りや栄養学、歴史の専門家も、科学的に物事を考えるSTEM職業に入れることができるでしょう。
歴史や料理、意外な分野でもSTEM的思考が役立つ
私たちもSTEMな人たちが実行している物事の思考法、すなわち「STEM的思考法」を身に付けると、視野が広がり、問題解決がしやすくなります。
新井さんは「何を実現したいのかを明確にして、取り組みたい課題を見つけることから始めましょう。批判的に物事を眺めてみるのがポイントです。そしてその課題を数理的、科学的に考えてみるのです。自分に足りない力やスキル、知識があると感じたら、身近な教材を使って勉強すればいいのです」と勧めます。
得意な分野から始め、苦手なところはその分野が得意な人を探し、補完して解決に向かうこともできます。具体的な考え方の例を2つ紹介します。
一見、STEMとはかけ離れているように感じる歴史上の事件が「本当に世間一般に言われている通りなのか」と疑問に思ったとします。立体的に把握したいなら、数字、データを収集して数理的に考えます。
例えば1582年に織田信長が自刃に追い込まれた「本能寺の変」。本能寺へと向かった兵士は、諸説ありますが約1万4000人と言われています。
この兵士の隊列を数理的に考えてみましょう。全員が同じルートから攻めたわけでないにしても、もし2列の隊列を組んだなら、7000人ずつの列ができる。その列が進めるだけの道幅はどのくらいか、戦いにかかった時間がどのくらいかといった要素を仮定して考えていくのです。自分なりの「本能寺の変」として解釈できるでしょう。
STEM的思考を使う活動の1つに、毎日の食事があります。素材のよさを引き出す調理法を知らず、いつも同じような食事になってしまう課題があったとしましょう。
これをSTEM的思考でどのように解決できるでしょうか。食材の成分や栄養素、特性のデータを調べ、その素材を十分に体に取り込むための調理の仕方、味付けの仕方などを考えることができます。さらに、相性のいい(悪い)食べ物も調べると、考えられるメニューの幅が広がります。これは、化学的なアプローチと捉えられます。
例えば小松菜。βカロテンが豊富に含まれていることを調べたら、そこから解決法が広がります。この成分は油に溶けやすく、油でいためると吸収率が上がるという特性があることを調べたとすると、小松菜いためを作ろうという方法に行き当たるでしょう。
さらに、辛み成分「イソチオシアネート」が含まれていることにも着目すれば、この成分は魚の臭みを消すという特性があり、それを生かすために、しらすと合わせようという工夫もでき、ほかの素材への興味が出るでしょう。
上記はほんの一例。仕事においても、その業務の課題は何か、それを解決することでどのような結果が生まれ、解釈ができるのかに当てはめられるはず。
解決方法を考え、見つけるためには、常に学び続けることが必要です。今は海外の優良な教材MOOC(ムーク、大規模公開オンライン講座)やUdemy(ユーデミー、オンライン学習サービス)が日本語でも気軽に受講できます。STEM人材になる第一歩は、まず自分の心の中にある問題意識に目を向けることです。
まとめ
◆STEM的思考法の第1歩は、取り組むべき課題を見つけること。物事を批判的に見ると見つけやすい。次に、その課題を数理的、科学的に考えてみる。解決のための手順を実行する。最後に、解決したら、その解釈や判断をして次の課題発見につなげる。
◆解決のためには常に学び続ける。オンライン講習など、教材は手軽に入手できる。
日本STEM教育学会会長。教育関連企業を経て2003年ベネッセコーポレーション入社。教育研究開発本部長及び教育研究開発センター(現ベネッセ教育総合研究所)長を兼務。2007年1月、NPO教育テスト研究センターを設立、理事長に就任。2018年、学術的な視点で調査研究を行い、より効果的な教育実践につなげていくための学会「日本STEM教育学会」を設立、会長に就任。「AI時代のSTEM教育のあり方を考え、新たな提言をしていきたいと考えています」
(取材・文 中川真希子=日経doors編集部)
[日経doors 2019年7月1日付の掲載記事を基に再構成]
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