19世紀の英国からフランスへと広がったダンディズムとは、表面的なおしゃれとは異なる、洗練された身だしなみや教養、生活様式へのこだわりを表します。服飾評論家、出石尚三氏が、著名人の奥深いダンディズムについて考察します。
英国仕込みのダンディズムを貫いた男の代表格といえば、実業家の白洲次郎が真っ先に頭に浮かびます。日本人としては珍しく、キングス・イングリッシュに巧みだったのは、よく知られているところでしょう。
英国留学でたたき込まれた紳士道
白洲次郎の英語は幼少の頃から仕込まれたもので、それは祖父の白洲退蔵が「神戸女学院」の設立に関係していたから。ここの外人教師が白洲家に寄宿していた時代があったのです。
そもそも、次郎の父、文平自身が明治のはじめにアメリカとドイツに留学していました。巷間(こうかん)、次郎のキングス・イングリッシュは次郎の英国留学と結びつけられがちですが、それ以前の家庭環境がこの上なくハイカラであったことを考慮すべきでしょう。
次郎は1921年、19歳のときに渡英しました。その後ケンブリッジ大学へ入学。同じ年に高級車「ベントレー」を購入しています。同級生と円滑につきあうため、というのがその理由。当時のケンブリッジの学生には貴族の子弟が少なくありませんでした。彼らと対等に接するうえでベントレーが恰好(かっこう)のオモチャであったのでしょう。
次郎は同級生から多くのことを学びました。なかでも生涯の友となったストラフォード伯爵家の御曹司ロバート C. ビング氏は大の車好きでした。寄宿舎では彼から車、紳士道、教養などをたたき込まれたといいます。

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