データで選手育て 球種・球速を測るIoT野球ボール
ピッチャーが大きく振りかぶり、ボールを投げるとキャッチャーミットが小気味よい音を上げる。傍らに立つコーチが手にしたスマートフォンの画面に、球速が表示された。このピッチャーが投げているのは普通のボールではない。アクロディア(東京・新宿)が2017年9月に発売したIoT野球ボール「TECHNICAL PITCH(テクニカルピッチ)」だ。
同ボールは、球速や回転数、球種などを測定できるもので、大学や高校の野球部を中心に5000個を販売。登録ユーザー数はすでに2万を超え、100万球の投球データをクラウド上に蓄積している。
このボールは、硬式野球ボールの規格に準拠しているが、19年12月には同じ機能を備えた軟式野球ボールを発売する。軟式野球チームは、軟式野球連盟に登録したチームだけで4万8000。競技人口は硬式野球よりも格段に多く、ユーザーの裾野は一気に広がる。野球は、北米と中南米のほか、中国や韓国などアジア地域でも人気があり、海外展開も見込めるなど、テクニカルピッチのユーザーは大幅に拡大する見込みだ。
センサーは硬式球のコルク芯と同サイズ
アクロディアは、もともと携帯電話向けのソフトウエア開発などを手掛けていた。こうしたソフトでは携帯電話機に搭載された加速度センサーなどの機能を使うことも少なくなかった。ここで得たノウハウを生かし、新規事業としてセンサーを活用したテクニカルピッチの開発に着手した。
テクニカルピッチは、角速度、加速度、地磁気の各センサーを搭載し、Bluetooth通信機能を備えた硬式野球ボール。硬式野球ボールは、通常、コルク芯の周囲をゴム、毛糸、牛革で覆っている。テクニカルピッチは、コルク芯の位置に独自開発のセンサーデバイスを埋め込む。デバイスのサイズと重量はコルク芯と同じに設計しているため、握った感覚は通常の硬式野球ボールと変わらない。
このボールを投げることで、球速、回転数、回転軸、球種、変化量、ピッチャーが構えてからボールをリリースするまでの時間、リリースしてからキャッチャーが捕球するまでの時間を測定できる。投球するとスマートフォンの専用アプリに測定結果が表示される。価格は2万7500円(税別)。1個のボールに対して、複数人がユーザー登録可能で、チームで共有できる。
今後は、野球以外にも対象を広げる計画だ。ゴルフやサッカー、インドなどに普及しているクリケット向けIoTボールの開発を急ピッチで進めている。例えば、IoTゴルフボールは、同社と住友ゴム工業が共同で開発している。このボールでは、アプローチショットやパッティングの際のデータを測定する。19年10月に開催された「CEATEC 2019」のKDDIブースでは、IoTサッカーボールの試作品を展示。来場者がボールを蹴って、球速や回転数などを測定できる体験イベントを開催した。
今後もユーザーの増加を見込めるテクニカルピッチとそれによって得られるビッグデータに、KDDIが目を付けた。5G時代の有力なコンテンツとして、スポーツを重視する同社は、19年7月にテクニカルピッチと連動したサービス「athle:tech(アスリーテック)」を開始した。クラウドに蓄積したデータによって、投手個人の投球データが日々どのように変化しているのかを確認できたり、日本全国のアスリーテックユーザーの球速と回転数のランキングを表示したりするサービスを提供している。将来的には、データ分析の結果を基にオンラインでコーチングやコンディショニング管理などを提供するサービスも追加する。また、テクニカルピッチの拡大に合わせ、他競技にもサービスを展開する。
動画から投球フォームの分析も可能
従来は、ボールの球速を測定するには、スピードガンを使っていた。しかし、スピードガンの測定では回転数や球種などの詳細な情報を得ることはできない。テクニカルピッチを使うことで、多くの情報をクラウド上に記録し、時系列の変化を見ることができる。これによって、選手の状態を把握しやすくなるほか、優秀な選手とデータを比較したり、けがの兆候などを把握したりできるようになる。
これまでの選手の育成は、指導者の経験やカンに頼ることが多かった。こうした現状に対し、データを活用できるメリットが大きいと判断したチームがいち早くテクニカルピッチを導入している。データを活用した育成手法が有効であると認められれば、多くのチームがこれにならうことになるのは間違いない。
20年に商用サービス開始を予定している5Gが普及することで、サービスはさらに進化する。「5Gによって通信速度が向上し、スマホで撮影した投球フォームの動画をクラウドにアップロードしやすくなる。こうしたフォームの動画とひもづけた投球データをAIによって分析し、速いボールを投げられるフォームや故障しにくいフォームなどを指導できるようになる。野球経験者がユーザーにオンラインで技術指導することも考えている」とKDDIのパーソナル事業本部ビジネスアグリゲーション本部アグリゲーション推進部の繁田光平部長は期待を寄せる。
同社は、コーチングなどで月額料金によるサブスクリプションモデルを導入することも検討している。またデータ分析サービスを提供する企業や計測用器具メーカーとも協業し、さらにサービスを拡充するほか、2020年以降には海外にも展開する予定。22年までにアスリーテック関連の売り上げを25億円に拡大する計画だ。
この分野のサービスの優劣は蓄積したデータの量と質によって決まる。そのためには、選手が使いやすい測定デバイスを開発し、それを普及させるためのマーケティング戦略が重要になる。
(日経クロストレンド 太田憲一郎)
[日経クロストレンド 2019年10月31日の記事を再構成]
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