悪習を変えよう 黙っていることは共犯だ
ダイバーシティ進化論(出口治明)
米大手PR会社エデルマンのトラストバロメーターという信頼度調査がある。2016年の調査で「経営者に求められる資質」を尋ねたところ、欧州では「正直である」がトップで53%だった。北米も同じで59%(共に複数回答)だった。
これに対して日本では「決断力がある」「有能である」などが上位になり、「正直である」は5位で26%にとどまる。日本企業は正直だといわれることがあるが、この調査をみるとそうでもないようだ。会社のためならちょっとくらい悪いことをしても大丈夫、というゆがんだ考え方が背景にあるのだろうか。関西電力のトップによる金品受領問題を見ると、そう感じずにはいられない。
菓子の下に金貨があり、それを受け取るのは通常あり得るやりとりだろうか。記者会見はまるで「裸の王様」をみているようだった。問題を指摘できる人物は社内に誰もいなかったのではないか。社会の常識に照らして妥当な行動なのかという判断力が問われている。
コンプライアンスとは一般的に法令順守と訳されており、法律に抵触さえしなければOKと勘違いしている人がいる。しかし本当の意味は違う。前にも書いたが、会社における全ての行動・仕事が全て世の中に出たとき、堂々と申し開きができることがコンプライアンスだと僕は思う。法令順守以前の問題だ。企業も個人も社会を構成する存在であり、こっそり何かをやっていいわけがない。
会社の中で違和感、つまり自分の常識と照らし合わせておかしいと感じることがあったら、すぐに発言した方がいい。周りと話すとか法務室に問い合わせるとか、そういう行動に移さなければ悪習はいつまでも直らない。1ミリたりとも世界は動かないのだ。
とくに若い人は会社文化に染まっていない分、声を上げやすい。若い人の行動が組織を変えていく。日本は「決めたことはみんなで守りましょう」という風土があり、声を上げにくい。でも悪い習慣はみんなで変えていくしかない。大事に至る前に行動することが何よりも大切だ。
会社にいられなくなって職を失うのではないかと恐れる人もいるだろう。でも大丈夫。今の日本は構造的な労働力不足だから、クビになっても飢え死にはしない。働くところはどこにでもある。むしろ、おかしいと思って黙っていることは共犯になるのだ。
立命館アジア太平洋大学学長。1948年生まれ。72年日本生命に入社、ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを務める。退社後、2008年にライフネット生命を創業し社長に就任。13年から会長。17年6月に退任し、18年1月から現職。『「働き方」の教科書』、『生命保険入門 新版』など著書多数。
[日本経済新聞朝刊2019年11月4日付]
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