入門当初からそのような話を何度も繰り返し聞いていた僕は、結果的に入門10カ月で「いつ昇進してもいい」と許可をもらい、1年半で二ツ目に昇進した。異例中の異例だ。本当はもう少し前座の身分で経験を積みたいと思っていたけど、色々な事情が重なって昇進せざるを得なくなった。

二ツ目になれるのはもちろんうれしかったけど、それ以上に3年以上キャリアが上の先輩方と同じタイミングで昇進し、これからしのぎを削っていかなくてはならないことへの不安の方が大きかったことを覚えている。

その点、談洲は決して早いとは言えない29歳での入門。また入門前は大手お笑い事務所に所属して芸人活動をしており、しかも大きなホールで単独ライブができるくらいに注目もされていたらしい。それらを投げ捨ててまたイチからの下積み生活。しかも兄弟子は1年半で昇進したけど、それ以降「最低3年は前座修業をすること」というルールが追加されたことで、どれだけ頑張っても32歳になるまでは落語家ですらない身分で下働きし続けなくちゃいけない。だからこそ、この昇進は本当にうれしいものなんだろうなぁと想像する。

自分の内側に隠したものを解放

全ての前座がそうであるように、談洲もまだ自分の内側に隠している本当の自分を出していないだろう。落語家という不安定な世界に飛び込めるくらいだから、自分だけは自分を信じている。不安もあるけどそれ以上に「絶対面白い落語家になれる」という信念があるからこそ全てを投げ捨てて弟子入りできる。

何者でもないことを要求される前座という身分ではそんな「本当の自分」はどうしたって出せないけど、二ツ目になったら違うのだ。「本当の自分」を解放して全力で落語に取り組む。それを楽しんでくださるお客様をどれだけ増やしていけるか。そういう戦いになる。

ミュージシャンのファーストアルバムには独特の初期衝動が詰まっていることが多いように、昇進したての落語家の高座にもベテランには到底出せない瑞々(みずみず)しさがある。まもなく談笑一門に新しい「落語家」が誕生します。1カ月余りを経た年明けには、大きなホールでの昇進披露落語会も開催するようなので、お祝いがてらどうぞお運びください。

談洲はいま、とてもうれしいに違いない。だけど12月に昇進するということは、直後のお正月には、前座さんにお年玉をあげなくちゃいけないことにはまだ気づいてないだろう。前座さんの数が思っている以上に多いこと、そのため想像以上の出費があることを知らないだろう。実は前座の時の方が生活が安定しているケースが多いことも知らないだろう。ここからが正念場だ。

立川吉笑
本名は人羅真樹(ひとら・まさき)。1984年6月27日生まれ、京都市出身。京都教育大学教育学部数学科教育専攻中退。2010年11月、立川談笑に入門。12年04月、二ツ目に昇進。軽妙かつ時にはシュールな創作落語を多数手掛ける。エッセー連載やテレビ・ラジオ出演などで多彩な才能を発揮。19年4月から月1回定例の「ひとり会」も始めた。著書に「現在落語論」(毎日新聞出版)。

これまでの記事は、立川談笑、らくご「虎の穴」からご覧ください。

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