デビュー作『告白』がミリオンセラー。超大型新人として本屋大賞をも受賞した衝撃の2009年から10年。湊かなえは、途切れなく作品を発表し、映像化多数。『ユートピア』(15年)で山本周五郎賞受賞。人気と文壇からの評価を併せ持ち、エンタテインメント小説界をけん引する。
『落日』は再生に向かう人たちの物語。鳴かず飛ばずの脚本家の甲斐千尋は、新進気鋭の映画監督・長谷部香から相談を受け、15年前に起きた一家殺害事件を調べ始める。千尋の故郷で起きた事件で、殺された家族は、幼い頃の香と関わりがあった。裁判記録を追うも真実にはたどり着けず、事件の周辺人物と接触しながら真相に迫っていく。
着想は版元社長の角川春樹氏からの「裁判」と、編集担当者からの「映画」だった。“お題”を受け取った湊は、執筆前に初めて裁判所へ足を運び、傍聴をしたという。
「裁判は『真実』を追求する場だと認識していたら、全然違って。『起きた事実を報告し合う場』でしかありませんでした。被告人が殺害したと認め、動機を語ったとします。それは本当にそう思っていたのかよりも『(裁判において)自分の立場を有利に進めるためについてきている感情』である可能性が高い。判決が確定した事件でも、加害者がどう思って罪を犯したのかは分かり得ないと感じました」
「その“実際の感情”の部分を小説は埋められるのではないか。『こんな事情でこう考えていたのではないか?』と、想像する余白がある小説なら、判決が確定している事件でも、真実の色が変わるような何かを提示できると思えました」

2つ目のお題「映画」には、表現者が作品に向かう姿も深く描いた。自分の世界観の中で紡ぐ脚本家・千尋と、人間の表も裏もあぶり出そうとする映画監督・香。事件に迫ることで、それぞれが蓋をしてきた過去も明らかに。当初は互いをいらつかせる存在だった2人の関係が、化学変化を起こしてもいく。2人は売れない脚本家 vs 売れっ子映画監督などと安易な対比では描かれない。湊は登場人物を考える際に「壮大な一代記を描けるぐらいに個々の履歴を作る」というが、今回は「作家の分身のようにしても生まれた」とのこと。
「大切な人を亡くしたとして、真実を知ることが怖くても、例えば、亡くなる前のエピソードとか、自殺ではなかったかもしれないと分かるだけで救いになる。死者が生き返るわけではなくても、生きている人の生き方が変わる。日が沈むからこそ、また昇る。そういう解決方法を提示したかったし、タイトルに込めました」
今年でデビュー11年目。作家を続ける原動力は「ファンでいてくれる方の存在」だと語る。一昨年から全国のサイン会で読者と対面し続けた。
「執筆はいつも夜中。暗闇でマラソンをしているような孤独感だったのが、沿道の応援を受けて走っているよう。力を抜いて書けるようにもなりました」
(日経エンタテインメント!11月号の記事を再構成 文/平山ゆりの 写真/鈴木芳果)
[日経MJ2019年11月1日付]