車が水没の危機、どうすれば? 知っておきたい3カ条
2019年は大型台風や豪雨など水害が頻発した年だった。被害に遭わなかった人でもニュース映像などで水没してしまったクルマを見た記憶があるに違いない。もし自分が運転中に危機に直面した場合、どうすれば被害を最小にとどめられるのか。また実際に被災した場合の処理はどうなるのか。2019年8月に佐賀を直撃した豪雨の現場に取材で訪れた小沢コージ氏が、水につかった「水害車」について、事故車・故障車・水害車を専門に扱うタウの信国健介さんに話を聞いた。
水害は地形以上に雨量。都市部も危険
小沢コージ氏(以下、小沢) 2019年8月28日に発生した佐賀県の大雨で、大量のクルマが水没したと聞きましたが、何台くらいが被害に遭ったんですか。
信国健介氏(以下、信国) 約1万台ですね、水につかってしまったのは。私たちは水害車と言っています。たった1日、正確には一晩で起きました。
小沢 たった一晩で1万台! しかも今回の佐賀は台風ではなく「線状降水帯」なるものでしたね(発達した積乱雲が列をなし、ほぼ同じ場所を通過したり、停滞したりすることで、長時間にわたり局地的に激しい雨が降る状態。記事「『線状降水帯』 局地的な大雨もたらす」参照)。オイルが漏れた所もあったとか。
信国 あれは鉄工所のオイルが漏れてしまった佐賀県の大町町です。
小沢 根本的には雨もそうですけど、地形の問題がありますよね。少しでも盆地というか土地が凹んでいれば水がたまってしまうと。
信国 そうではなくて、単純に雨量です。
小沢 ええ! つまりどんな平野でも起きる可能性があるってことですか。
信国 起きます。ここ九州に関しては17年の福岡県の朝倉、大分県の津久見での水害に18年の西日本豪雨、19年の久留米や佐賀と、過去3年間で5回の大規模水害を経験していますが、どれに関しても地形の問題ではなく、降雨量の問題で水害が発生しています。
小沢 天気が悪ければ東京のどこででも起こりうると。
信国 起こりえます。
小沢 今回、前もって標高の高いところにクルマを置きに行った人はいないのですか。
信国 ほとんどいないと思われます。佐賀に関しては大規模水害を過去何十年も経験していないのです。佐賀は基本的に平野になっていますし。
小沢 この業界のプロとして正直なところをお聞かせいただきたいのですが、最近、水害が増えていると感じていますか。
信国 増えていると思います。
小沢 やはり。まさに想像できない場所で水害が起きていると。
水害状態に応じて5ランクに分類
小沢 信国さんが支店長を務めるタウは、事故車・水害車・故障車などの買い取りを扱う会社ですが、こういう特設ヤードに運ばれてきた水害車は、どのような判断が下されるんでしょうか。
信国 ボディー外側に印が付けてありますが、水没レベルによってランク分けがなされます。クルマがつかった水位を見て、まずはステップまでいっているかどうか。
小沢 ステップ下かステップ上か。家でいう床上浸水しているかどうか、みたいなことですね。
信国 そうです。後はシート上、ダッシュボード、そして全冠水。
小沢 全部で5ランクに分けられると。例えばこのトヨタ「マークX」はどうですか? もうこれはすごい。インパネ全体が乾いた泥パック状態になっていますね。
信国 こちらの場合、全冠水ですから15万から20万円の買い取りになります。
小沢 なんだ。けっこう高いじゃないですか。
信国 基本的には中古車相場によります。このマークXの場合、もともと100万~120万円ぐらいの価値があるんですが、そこから修理見積もりし、直ったときの想定価格を計算した上で、買い取り額を算出します。全冠水で水害に遭う前の想定価格の10~15%分が残る場合もあります。
小沢 ではステップ下だったら?
信国 40~45%は残る可能性があります。
小沢 ほぼ半額残る! それはすごい。じゃあ、電気自動車(EV)やハイブリッド車(HV)の水害車はどうですか。
信国 やっぱり人気が高いですよ。
小沢 ええ? 逆かと思っていました。オール電化のクルマなので水に弱そうだし。
信国 そこはガソリン車でもEVでも基本は同じです。交換するのは同じ電気系統だけだったりしますから。結局は市場価格によるので、人気の高いEVの場合は全冠水でも100万円が付いたりします。私たちは海外119の国と地域にも販売していますから、そのクルマの輸出規制の有無を考慮して高く売れるかどうかも加味した上で、価格を算出しています。
小沢 なるほど。逆にエンジンが付いてないから水を吸い込む可能性もないし、EVはもともと水害対策がしっかりなされていると。
信国 はい。
水没しそうになったときに気を付けること
小沢 ぜひお聞きしたかったのが、万が一自分がクルマで水没しかかったときに気を付けるポイントです。まずエンジンをかけたままではダメですよね?
信国 ダメです。エンジン内部が壊れてしまいますから。クルマが走りながら水につかり、エンジンが水を吸い込むことを「ウオーターハンマー」と言うのですが、水を吸って水を叩き、エンジンが割れちゃうんです。
小沢 そうか。ピストンやブロックが急激に水で冷やされて割れるんですね。逆にエンジンをかけていなければ完全に水を被っても大丈夫ですか?
信国 そこは微妙なところですね。状態にもよりますが、水位が下がって乾いた状態になったらエンジンがかかることも多いです。
小沢 トイレで水没しても完璧に乾いたらまた通電したりするスマートフォンと似ていますね。
信国 似ています。ただし1回完全に乾かさなければいけませんし、必ず整備を受けてから再始動していただきたいです。
小沢 さらにもう一つ、本当に気を付けておくべきは運転中、途中から少し窓を開けておくことですよね。窓を閉めたまま完全に水没するとドアが空かなくなりますから。すると死亡する危険性もある。
信国 その通りです。ですから中からガラスを割れるようなキットを常備していただきたいですね。
小沢 最後にもう一つ。走行中、どの段階まで行ったらエンジンを止めるべきでしょうか。
信国 基本的に車内に水が中に入ってきたら止めるべきです。
小沢 つまりステップ上浸水ですか。エンジンが水を吸い込んでしまった後では遅いと。ところで水没したクルマでエンジンをかけてしまっているか、かけていないかで価格はどれくらい変わりますか。
信国 30万から50万円は変わるでしょう。
小沢 やはりその差は大きいですね。すごく勉強になりました。
自動車からスクーターから時計まで斬るバラエティー自動車ジャーナリスト。連載は「ベストカー」「時計Begin」「MonoMax」「夕刊フジ」「週刊プレイボーイ」、不定期で「carview!」「VividCar」などに寄稿。著書に「クルマ界のすごい12人」(新潮新書)「車の運転が怖い人のためのドライブ上達読本」(宝島社)など。愛車はロールス・ロイス・コーニッシュクーペ、シティ・カブリオレなど。
(編集協力 北川雅恵)
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