日経doors

2019/11/10

代表作『彼女のいる彼氏』が誕生 「私、最強だ」

その直後、新潮社のウェブマガジン『ROLA(ローラ)』(現在は休刊)での連載が決まる。「まだサイバーにいたころ、このメディアに漫画を描けないかな、と思って売り込みに行ったら『サイバーなの?』と面白がってもらえて」。「ネームを描いてきて」と言われたのが1月。ROLAの編集長と飲みに行って、当時はもう関係が切れていた(私の他に彼女がいる)彼氏の話をしたら「それじゃない?」と言われ、それをテーマにした漫画を描くことに決定。1話目のネームを半日で描き上げた。

「そこの編集担当者がすごく仕事ができる方で。『矢島さんを育ててスターダムにのし上げる』と言い切ってくれた。新潮社のファッション雑誌『ニコラ』の元編集長で、若い女の子を育てたいという思いを持っている人でした」。そして、その言葉通り、キャラの見せ方、ストーリー展開など、漫画のすべてを教えてくれた。そして生まれたのが、矢島さんの代表作『彼女のいる彼氏』だ。

この連載を2年間、休載なく続けられたことが、かなりの自信になった。

そのタイミングで、集英社のWEBコミックサイト『ふんわりジャンプ』(現在は休刊)からのオファーが舞い込んでくる。「“ジャンプ”と名のつく媒体であることに気持ちが高まり、勢いでバトントワリングを題材にしたネームを半日で描き上げました。だけど『ふんわりジャンプ』は主にエッセーが掲載されている媒体で、スポーツ漫画は求められておらず、もちろんボツになりました」

その時、担当編集者の嗅覚が働いた。ネームをヤングジャンプ編集部へ持っていったのだ。あれよあれよという間に『ミラクルジャンプ』(ヤングジャンプの増刊)での掲載が決まったが、その準備期間中に『ミラクルジャンプ』が休刊に。思いがけず、キングダムの原氏から助言されてからずっと頭にあった『週刊ヤングジャンプ』での連載が実現することに。

「あのときは、面白いネームを短期間で描くこともできて、私、最強だなって思ってました」

しかし、編集部から「ヤンジャンで戦っていくために『顔』の画力を上げてください」とのお達しがあり、漫画『潔癖男子!青山くん』作者の坂本拓さんのもとに週2回通い、アシスタントをしながら、原稿を見てもらった。模写をしたり、ガイコツをいっぱい描いたり。ガイコツを描くのは「骨格の中の適正な位置にパーツを描く練習」だそうだ。半年後、満を持して、ヤンジャン連載がスタート。「原先生から言われた通り、30歳になる1週間前に第1話が掲載されて」――順風満帆……のはずだった。

攻めの姿勢では描けなくなっていた

2018年1月。攻めの姿勢では描けなくなっていた。

「色々重なったんです」

連載開始前の1年間、矢島さんはすっかり気が抜けてしまっていた。「ビッグタイトルでの掲載に挑戦する恐怖が大きかった。『絶対滑ると分かっている芸』をしなくてはいけないと弱気になっていました。だったらその不安を解消するために手を動かせばいいだけの話なのに、連載陣のあまりの迫力に、逆に縮こまってしまったんです。どんどん悪循環に陥って、まずは体重がガンガン減って……今より12キロくらい細かったかな(笑)。徐々に頭が働かなくなりました」

第3話までは順調にネームが描けていたが、ネームはおろか自分の言葉も出づらく、描くことが全くできなくなっていた。

「今だから思えることですけど、新連載って、根拠のない自信や、『新たな物語を始めていくんだ』っていう希望、そしてそれと相反する少しの不安を持って勢いよく始めるのがベストだと思うんですよね。たとえ体は疲れてても、心の動きは激しくあるべきというか。でも、当時の私はその真逆でした。体力も精神力も全部そがれた状態でのスタートだった。漫画は感情を描く作業。健全な精神力、体力なく、思考が停止している状態で、登場人物の心理描写なんてできるわけなかったんです。そんな最悪の状態になる前に、何か打つ手はなかったのかなって、今でも思い返すとまだ消化しきれない思いでいっぱいになります。ずっと伴走してくれてた担当さんにも申し訳なくて」――。

取材中、涙が矢島さんの頬を伝った。編集部との当初の約束だった10話まで死に物狂いで描き切ったが、その後、精神的な部分から来る体調不良と、後悔と挫折感がひたすら彼女を襲った 。

「連載終わってからも大変で、毎晩悪夢にうなされて睡眠薬なしでは寝られない状態でした。もう漫画を描くのは無理だと思って転職サイトに登録しましたよ(笑)」

「あんな最悪の状態になる前に、何か打つ手はなかったのかな……」

そんな折、今年ヤングジャンプ新年会で原氏に再会した。「大御所の先生方や、何人もの編集者さんに囲まれていらっしゃったけど、隙をついてお声がけしました。『バトンの星』を描いていた矢島です、って」

原氏はこう答えたという。

「読んでたよ! 3話まで面白かった。久々のヒット作が来たと思ったんだけどね。才能あるよ。描き続けたほうがいい」

読者に愛される連載作品を描く

約5カ月後、そんな精神的な不調から抜け出して、今に至る。

また新しい漫画が描けそうなチャンスも近づいてきている。

「新年会で原先生とこんなやりとりをしました。『今何歳?』『30歳です』『そうか、まだ全然描けるね』って。実は私、気にしてたんです。女だし、もう30過ぎちゃったしって。普通に結婚を急かされるし、編集さんからもその辺心配されることが多々ありました。でも、原先生は、男とか女とか関係ない次元で、漫画家としての私を見てくれた。うれしかった。またいつか原先生とお会いしたときに、強い作家になっていたい。そのためには、読者に愛される作品を連載で描くしかありません。もう迷っている場合ではないんです」

常にエンジンを120%吹かして、つい無理をしてしまう。そんな超のつく頑張り屋の矢島さんが、今後、生み出す作品はどんなものだろう。一読者として、読みたい気持ちでいっぱいになった。

矢島光
漫画家。1988年東京都生まれ。 大学卒業後、サイバーエージェントに入社し、フロントエンジニアとしてアメーバピグの運営に携わる。2015年に退職し、専業漫画家に。 著書に漫画『彼女のいる彼氏』『バトンの星』など。

(取材・文 小田舞子=日経doors編集部、写真 花井智子)

[日経doors 2019年6月6日付の掲載記事を基に再構成]

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