日経doors

2019/11/10

「誰も新人のバトンの漫画なんて読まない」

そして3月、友達が皆、卒業旅行に行く中、一人東京に残って祝賀会に出席。祝賀会には、受賞の連絡を受けた1月から描いていた新作を持参し、編集長に渡した。懲りもせず、バトンをテーマにした作品だった。

会場にいた漫画家の東村アキコ氏からの助言が刺さった。「誰も新人のバトンの漫画なんて読まない。漫画家が何を描きたいかって、読者には関係ない。あなたはオフィス・ラブコメ。とにかく読者のことだけ考えて描く!!!!! バトン漫画は売れてから!!!」

帰りのタクシーで、祝賀会で言われた内容を編集担当者に伝えると、「プロの作家さんにそれほどのアドバイスをもらえることはあまりない。よかったね」と言われたそう。「私の漫画の特徴は、明るくてさらっとした読み味。だから、そこを生かして青年誌で王道の絵柄とストーリー、明るい作風。これを売りに、オフィス・ラブコメを描こう、と方向性が決まりました」

4月以降、多忙な日々が始まった。サイバーでの会社員生活と漫画家のパラレルワーク。朝8時から9時半まで会社近くで朝食ビュッフェを食べつつ編集担当者と隔週ミーティング。ストーリーが固まると作画に移り、毎朝6時から3時間漫画を描いて出社。22時に退社して、そこから深夜2時まで家で漫画を描くという4時間睡眠生活を続けた。それなのにこの時描いた漫画はボツになった。「当時の私は遊ぶことを全く知らなかったから、ただのマジメなお仕事ものになってしまった」

仕事と漫画に全力投球して消耗、半年休職

そして、仕事にも漫画にも全力投球を続けた結果、体調を崩し、入社2年目の6月から12月まで休職することになる。「半年間、都内の実家に帰って母が作ったごはんを食べてゆっくりしていました。サイバーでは、休職中も6割ぐらい給与が出るんです。本当にいい会社でした」

その休職中、思いがけずいくつかの恋愛をした。中でも印象的だった人の話をしてくれた。

「大学時代の友達と久しぶりに数人で飲むことになって。そうしたら、そのうちの1人が私を気に入ったみたいで2人で遊ぶようになりました。でも彼には私のほかに『彼女』がいたんです。いや、それどころかもっといたな(笑)。私が『今メンタルの調子悪いんだ』って言うと、『大丈夫。俺そういうの慣れてるから!』って笑顔で言っちゃうタイプ。スカッとしてて、好きになっちゃったんですよ。そんなんで好きになるとか、病んでた証拠ですよね(笑)」

自分のほかに彼女がいる男性を好きになった

その時期に、漫画に関する運命的な出会いもあった。人から誘われて出席した集英社のパーティーで、漫画『キングダム』作者、原泰久氏とすれ違ったのだ。「原先生も元会社員でエンジニアだったので、あろうことかミーハー心で『会社員から漫画家になるにはどうしたらいいですか?』とずうずうしくも質問し、さらに握手までしてもらいました」

原さんの返答は「30歳までにヤンジャン(集英社の『週刊ヤングジャンプ』)に載ればいいのでは?」。この言葉が、後から効いてくることになる。

幸運にもサイバーに復帰できたものの…

半年間の療養のあと、幸運にも矢島さんはサイバーに復帰することができた。と同時に、漫画はもうやめようと思った。「サイバーで、世に物を出すときのクオリティーのレベルを学びました。仕事も漫画も、高レベルなアウトプットで両立しようとすると、どちらも中途半端になって、会社にも編集部にも迷惑を掛けてしまうと思った」

でも、一度やめたと思っても、つい描いてしまう。家に帰って……、暇なときに……、「つい絵を描いちゃう」。いわゆる創作意欲が湧き出してしまったのだ。そして、入社2年目の2月、サイバーを辞め、漫画に集中することを決断した。

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代表作『彼女のいる彼氏』が誕生 「私、最強だ」