「僕はキリンビールとキリンビバレッジで商品開発を長く担当しました。『生茶』や缶コーヒーの『ファイア』などヒット商品にも恵まれました。キリンを退社後、日清食品ホールディングス最高経営責任者(CEO)の安藤宏基氏から声がかかり、同社の業務・資本提携先である湖池屋に入りましたが、商品がスナック菓子に変わっても応用できるメソッドはほぼ同じです」

――飲料とスナック菓子とでは、全く違うように見えますが。

「商品のエビデンス、ベネフィット、パーソナリティーを考えるんです。エビデンスとは、ビールなら麦芽が何%のこういう飲み物だという条件のようなもの。ベネフィットは飲んだらどうなるか。そして、『ではビールとは』というパーソナリティーを考えます。お菓子も同じです。ポテトかコーンか。揚げるのか焼くのか。小腹を満たすのかお酒のつまみか」

カテゴリーを知らなくても、どんな商品がまだ無いかが見えてくる

「そういう目で見ると、スナック菓子というカテゴリーを知らなくても、市場のどこにどんな商品がまだ無いかが見えてきます。そうやって僕は、大人向けのポテトチップスとか、食事の代わりになる中食のようなスナック菓子がまだ無いなと仮説をたてる。一緒に動くことで、そういうプロセスを、若い世代に伝えたいと思っています」

――佐藤社長が商品開発やマーケティングの腕を磨いたときも、誰かが手法を示してくれたのですか。

「いいえ、全く反対でした。僕は大学卒業後、キリンビールに入社して営業部門に配属されました。営業の成績はなかなか良くて、だいぶ仕事がわかった気になっていたころ、商品開発部門に移りました。30歳のときです。しかし、最初まったくダメだったんです」

「当時のリーダーからは『うーん全然違うなあ』と何度もダメ出しされました。私が営業の発想で考えていて、全く顧客を見ていないということがいいたかったらしいのですが、具体的に何かを教えてくれるわけではありません。ただひたすら、『佐藤、違うんだよ。本当にお客さんのことを考えているか』って。気長に言い続けてくれた上司でした」

「言い続けてもらったことを感謝していますが、あのときは本当につらかった。会社へ行きたくないと思った日もありました。『もう開発には向いていない。マーケティングはやめて営業に異動願を出そう』と思って会社へ行ったものの、『もうちょっと頑張ってみよう』と踏みとどまったことも何回もありました」

現場で誰もひとりぼっちにしたくない

――若い社員には同じような経験をさせたくないと考えたのですか。

「僕はあのときギリギリでしたから、それを今の若い世代にそのまま押しつけたくはありません。現場で誰もひとりぼっちにしたくない。僕が現場で一緒に動くリーダーでいる原点はここにあると思います」

――就任当初、社内の反応はどうでしたか。

「みんなの頭には、はてなマークが飛んでいたと思いますよ。『笛吹けど踊らず』というのではなく、『はぁ?』という感じでしょうか。業界では首位のカルビーが圧倒的で、湖池屋は首位を追うフォロワーに甘んじていました。『そうではなくて、もっとニッチな部分を攻めて業界のゲームチェンジャーになるという道もあるじゃないか』と話しても、よくわからないと感じた社員が多かったと思います」

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自発的な提案が続々と