組織の中の「恐れ」で明暗 ハーバードが見た原発事故ハーバードビジネススクール教授 エイミー・エドモンドソン氏(中)

「上司に報告したらどう思われるか」という恐れ

私は著書の中で、恐れには「健全な恐れ」と「不健全な恐れ」がある、と述べました。福島第1原発の安全対策の事例で説明するならば、健全な恐れとは、「もし巨大な地震や津波が襲ってきたら、どうなるだろうか」と危惧すること。不健全な恐れとは、「問題を上司に報告したら、どう思われるだろうか」「こんなことを言ったら、周りの人に無能だと思われないか」などと心配すること。

部下が真実を語れない、上司が真実を聞き入れないことは、組織にも国にもリスクをもたらします。リーダーには不健全な恐れが惨劇を招き、結果的に大きな代償を払わなくてはならないことを認識してほしいと思います。

佐藤智恵(さとう・ちえ) 1992年東京大学教養学部卒業。2001年コロンビア大学経営大学院修了(MBA)。NHK、ボストンコンサルティンググループなどを経て、12年、作家・コンサルタントとして独立。「ハーバードでいちばん人気の国・日本」など著書多数。日本ユニシス社外取締役。

佐藤 「人の命よりも、目の前の人間関係を優先してしまう」なんてにわかに信じがたいですが、なぜ人間はそのような非合理的な行動をとってしまうのですか。

エドモンドソン 人間には、将来起こりうる可能性を割り引いて考える習性があるからです。つまり人間の頭は、未来よりも現在を優先して考えてしまうのです。この事実は数々の心理学の調査によって明らかになっています。

今、起きていることは「明白な現実」ですが、未来は「不確実で漠然とした可能性」でしかありません。これが、未来に対してより楽観的に考える「希望的観測」を生むのです。つまり、「今、ここで問題を指摘しないことが、将来、甚大な被害をもたらす確率」を低く見積もってしまうのです。

同じような現象が病院でも見られます。著書でも紹介しましたが、ある病院で「医師が間違った投薬をしている」と疑問に思った看護師が、その事実を医師に指摘できなかったことがありました。なぜこんなことが起こってしまうのか。看護師は、「万が一間違った投薬をしていた場合、起こりうる事態」を割り引いて考え、「医師に問題を報告した場合に起こりうる事態」のほうが今の自分にとっては重要だと考えてしまったからです。

また航空機のコックピット内でも、同じような現象が多発しています。副操縦士が機長に問題を指摘できなかったことが要因で、墜落事故が起こることもあるのです。航空機の墜落事故は機長が操縦かんを握っているときのほうが起きやすいと言われていますが、その要因は、副操縦士が目の前にある危機よりもコックピット内の序列を重視し、機長が間違った操作をしていてもはっきりと異議を唱えられないことです。

人の命を優先すべきなのは明らかなのに、目の前の人間関係を優先して行動してしまう。これが人間の習性です。

不健全な恐れを抱かない環境をつくるのがリーダー

とはいうものの、「人間の習性だからしかたない」と結論づけてしまっていいのでしょうか。私はそのためにリーダーがいて、経営者がいるのだと思います。この人間の習性を理解した上で、チームメンバーが不健全な恐れを抱くことなく、それぞれの能力を発揮できる環境を確保することはリーダーとしての重要な任務なのです。

佐藤 著書では、福島第2原発の「チーム増田」のケースを、「恐れのない組織」が良い結果をもたらした事例の一つとして取り上げています。増田尚宏所長(当時)を中心としたチームが卓越したチームワークで、第2原発がメルトダウンや爆発を起こすのを回避しました。

エドモンドソン 福島第2原発の事例については、ハーバードビジネススクールのランジェイ・グラティ教授が書いたハーバードビジネスレビューの記事「そのとき、福島第2原発で何があったか(How the Other Fukushima Plant Survived)」で初めて知りました。

私が注目したのは、どんな状況に対しても謙虚に向き合い、柔軟に対応した増田氏のリーダーシップです。福島第2原発の事例は、リーダーが極限状態においても心理的安全性をつくることができることを示す好例だと思いました。

この記事を読んで、「チーム増田」の事例は、10年にチリの鉱山で起きた落盤事故から生還したチームの事例と似ていると思いました。1つめは、当事者が生死に関わるような危機に直面していたこと、2つめが、不屈の精神でここにいる全員を救おうとしたリーダーがいたこと、そして3つめが、メンバー一人ひとりが自分の役割を果たしながら、お互いに強い協力体制ができていたことです。

佐藤 増田氏はどのように心理的安全性を創出したのですか。

エドモンドソン 東日本大震災発生後、福島第2原発で働いていた人々は皆、「この原発が甚大な被害を及ぼさないか」「この原発にいる私たちはどうなるのか」と恐れを感じていたはずです。しかしながら、私の知る限り、人間関係の恐れは抱いていなかったはずです。増田氏をリーダーとする「チーム増田」には、心理的安全性が創出されていたからです。

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