「在外研究で米国のボストンへ行ったときに最初にしたのは、どんなマリ人がボストンにいるか調べて、集まりをつくることでした。その集まりは今も続いているそうです。今も京都のアフリカ人会を仕切っています」

「大学でも自分が30歳代のころに『サーティーズの会』というのをやったことがありました。30歳代の若い教員ばかりの会です」

人間関係ができているからフランクに議論できる

――教員の会ではどんなことをしたのですか。

「最初は毎月の食事会でした。そのうち議論になったり、研究会をしたりするようになりました。一人ひとり価値観は違うけれど、同じ時間を過ごした信頼関係が今もしっかりあります。年齢を重ねて、それぞれが各学科の教務主任になったときも、人間関係ができているから議論をフランクにしっかりできた。そういう土台が学長になった今も生きていると感じています」

――コーディネーターからリーダーになって苦労する点はありますか。

「コーディネーター役ばかりやってきたから、予定の調整とかチケット確保なんかでもつい自分が動いでしまうところがあるので、少し自制しています。うずうずしますけど」

研究室には、フランス語、英語、日本語などの文献が所狭しと並び、アフリカの絵画や彫刻などがひしめきあっている。「ここが一番落ち着くんですよ。学長になって昼間忙しくても夕方からここで本を読んだりします」(京都市左京区の京都精華大)

「もうひとつは、私のアドバイザー的な存在の同僚に『学長になったら意見は言わずに聞いた方がいい』と言われましたね。その同僚によると、私はだいたい議論のときにうるさいらしいんです。質問したり突っ込んだり、時には論理的に攻めたり。私は議論がしたいんですよ。でも、学長がそれをやったらダメだと言われました。議論が進まなくなるよ、と」

出てきた意見は否定しない

――学長になってから、議論が紛糾する場面ではどう対応するのですか。

「まず出てきた意見を否定しない。ただし、別のやり方もあるよねと提案する方法をとります。それでも反論が出てきたら、ちゃんと教えてくださいと返します。教えてもらう場は、別に設けます。学長室にきてもらったりします。とにかく違う意見は教えてくださいというスタンスです。このときは怒ったりするんじゃなくて、笑ってね。学長と教職員は決して対立構造ではありません。この大学を一緒に良くする仲間だと思っていますから」

ウスビ・サコ(Oussouby SACKO)
1966年生まれ、マリ出身。中国・南京の東南大学卒業(建築学)後、91年に来日。京都大学大学院工学研究科建築学専攻修了。工学博士。京都精華大学人文学部長などを経て2018年から同大学長。専門は空間人類学。20年以上京都に住み、日本国籍を取得している。妻は日本人。流ちょうな関西弁を操る。

(藤原仁美)

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