山海の幸、仏様もぶっ飛ぶ? 中華スープ「仏跳牆」
温かいスープが欲しくなる季節。中華料理の海鮮スープ「仏跳牆」(ぶっちょうしょう)は、アワビにナマコ、干し貝柱など魚介類をぜいたくに煮込み、そのおいしさに「仏様もぶっ飛んだ」といういわれがある。特に台湾では寒くなると家族や友達とみんなで一緒に食べる習慣があるようだ。一体どんなスープなのか、台北に飛んだ。
自然に恵まれた台湾は食材の宝庫だ。松山空港(台北市)から車で10分ほどのところに、台北っ子の台所「浜江市場」がある。プロの料理人の買い出しはもちろん、誰でも自由に訪れることができる。
小走りで魚売り場に向かうと、品ぞろえの多さ、鮮度管理の良さに驚いた。ノルウェー産の巨大なタラバガニ、北海道のホタテ、フランスのロブスターなど世界の魚介類がずらりと陳列されている。「今、台湾では和食が大ブーム」(台北市の日本料理店『小馬』の江鎮佑シェフ)。ノドグロ、ハマグリ、ウニなど寿しネタは何でもそろう。この市場は2012年にリニューアルした。市場内にはおしゃれなフードコートがあり、寿しカウンター、バーベキューコーナーもある。欧米の観光客や、白ワインで乾杯する地元の恋人たちもいる。
「さぁ、朝ひいたばかりの鶏だよ~」。この市場の魅力は、新鮮な肉、野菜もそろうことだ。ツヤツヤした丸鶏に、天井からぶら下がる豚肉の塊、日本では見たことのないトロピカルな果物が甘い香りを放っている。季節感と活気があふれる、楽しい市場だ。
「海と山、食材のおいしさを、全部詰め込んだのがこのスープなんですよ」。今回、「仏跳牆」を作ってくれるのが老舗ホテル「ザ・シャーウッド台北」の中華料理長、高鋼輝氏だ。台湾の「仏跳牆」コンテストで10年連続1位を獲得し続けている。英国のサッチャー元首相や米国のブッシュ元大統領らをもてなし、台湾の蔡英文(ツァイ・インウェン)総統の就任式でも腕を振るうなど、"食神(食の神)"とも呼ばれている。
まず、材料を見せてもらう。アワビにナマコ、マンボウの皮、魚の浮袋、干し貝柱、クコの実……。マンボウの皮というのが、いかにも台湾らしい。日本の海でも近年、マンボウが増加中と聞く。煮込むとおいしいのだろうか。高シェフによると、乾物を戻し、魚介をきれいにする下ごしらえだけで最低4日はかかる。この具材を、親鳥と金華ハム、豚の靱帯を8時間コトコト煮て作った特製スープにいれ、さらに3時間煮込む。「山と海のおいしさが、"家在一起"(中国語で『みんな一緒』の意)」となるのがポイントという。
さぁ、出来上がりだ。高シェフがつぼを開くと、湯気と香りが立ち上った。黄金に輝くスープを緊張しながら口に運ぶと、滋味深い海のうま味に、鶏のコク。"ぶっ飛ぶ"というよりむしろ、素材の優しさがしみじみと体に染み渡っていく感じだ。ぜいたくなアワビも食べてみる。もっちりと軟らかい食感から、極上のうま味が口中に広がってくる。高シェフは言う。「このスープはね、テーブルを囲んで熱々をみんなで笑って食べる。いいものを食べて、来年はもっといいものを食べられるように、そんな願いも込められた一品なんです」
1つぼでたっぷり6人前以上あり、1人あたりの予算は2500~3000円程だ。
日本で今、台湾が人気だ。2018年に日本から台湾を訪れた客は過去最高を記録、今年は前年をさらに上回るペースで推移している。タピオカに小籠包(しょうろんぽう)、足つぼマッサージ……。様々な魅力があるが、寒くなるこれからは「仏跳牆」を提供する店が増えてくる。高級レストランから庶民的な店の味わいもある。
日本で「仏跳牆」を提供する店はまだあまり多くないが、横浜中華街や高級レストランで予約制で提供しているところがあるようだ。そんな中、都内で台湾並みの1杯2500円(税別)で食べられる店を見つけた。グランドハイアット東京(東京・港)の中国料理レストラン「チャイナルーム」だ。アワビやナマコ、干しイカや信玄鶏など主に日本産の食材を使い、仕上げに高級食材「ツバメの巣」をトッピングした。中華料理人にとって「仏跳牆」は腕の見せどころで、「お祝いの席でも飲まれる特別なスープ。もっと日本人に知ってもらい食べてもらいたい」(小池克昌料理長)と、この値段に設定した。提供期間は11月末まで。家族をつなぐ、日本と台湾をつなぐ、特別なスープといえそうだ。
(佐々木たくみ)
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