スポーツ選手のセカンドキャリアなどについて語り合う廣瀬氏(左)と中竹氏(2019年9月、東京都千代田区)ラグビー日本代表の快進撃で盛り上がるワールドカップ(W杯)で、日本のリーチ・マイケル選手ら各チームのキャプテンが注目を浴びている。仲間を引っ張る熱いプレー、判定を巡るレフェリーとの冷静なコミュニケーション、相手チームへの敬意を忘れぬ発言など、その振る舞いに多くのファンが好感を抱いている。そんな大役を名門チームで果たした経験をもつ2人の対談が、このほど実現した。語り合ったのは、テレビドラマ「ノーサイド・ゲーム」で好演した元日本代表の廣瀬俊朗氏(38)と、早稲田大学ラグビー部を監督として2年連続の大学日本一に導き、U20日本代表を率いたこともある中竹竜二氏(46)だ。
廣瀬氏は日本代表と東芝、日本ラグビーのルーツ校である慶応大学で主将を務め、中竹氏は廣瀬氏と在学時期は異なるものの慶大のライバル、早大の主将だった。東京都内で開いた対談は9月のW杯開幕直前、オンライン講義で大卒資格が得られるビジネス・ブレークスルー大学(BBT大)が主催。同大学で廣瀬氏はMBAを取得し、中竹氏は専任講師を務めている。
■ラグビーの試合ではコーチは観客席
19年2月に東芝を退社した廣瀬氏は個人で起業したことを明かし「ずっとキャプテンとして悩んできたので、悩んでいるキャプテンを助けたい。そのノウハウを企業に横展開できたら面白い」と今後の抱負を語った。事業化をめざすのはリーダー養成の「知」を広げる、いわば「キャプテン塾」だ。
廣瀬氏にとってキャプテンは「中間管理職のような立場」。「とくにラグビーの試合中はコーチが観客席にいて、現場のキャプテンが決断を求められる回数が多い」。常にその試合の目的を明確に意識し、どう現状をそこに近づけるのか、自分で答えを出し続けなければならない。日ごろから「自分自身が何のために頑張るのか、チームメートの人間関係はどうなのか、よく知っていないと、ちゃんとした良いチームはつくれない」という。リーダー育成プログラムの提供など企業向けコンサルティングを手がけている中竹氏も、ラグビーのキャプテンを「ビジネスの現場に置き換えると課長みたいなもの」と表現し「日本の課長もキャプテンと呼ばれると、やる気が出そうだよね」と応じた。
中竹竜二(なかたけ・りゅうじ)
1973年、福岡県生まれ。96年度の早大ラグビー部主将。英レスター大学大学院社会学修士課程修了。2006年から早大監督を4年間務め2度の大学日本一。現在は日本ラグビー協会コーチングディレクター、創業したチームボックスの代表取締役などを務める。廣瀬氏が強い組織をつくるために必要なものとして強調したのは、メンバーとの「Why?(なぜ)」の共有だ。なぜ組織として存在しているのか、なぜそのゴールをめざすのか。「正解はわからないが、自分たちがそのやり方を信じてやり切れるかどうか、そこがすごく大事」と訴えた。そこに至る過程では「仲間を動かす、人を変えるというより、自分が変わるというアプローチが一番いいかなと思う。自分が動くことで、周りがついてきてくれる」と説明した。
中竹氏は早大時代、3年まで公式戦出場ゼロながら、チームメートに推されて重責を担い、大学選手権で準優勝を果たした。のちに「日本一オーラのない監督」を自称した際には、選手の自主性を引き出すフォロワーシップに徹した。そうした経験をもつためか「ダイレクトに伝える『こうやれ』『ああやれ』より、組織が動く環境づくりが圧倒的に大事」と話し、「『自己決定』が幸福感とパフォーマンスを上げる。組織を動かそうと思ったことはあまりなく、メンバー本人が自分の意思で動いていると思える土壌づくりをした」と振り返った。
中竹氏はセカンドキャリアについて廣瀬氏が相談を持ちかけてきたエピソードに触れながら、「弱さ、悩みをさらけ出すこと」が良いリーダーの資質として近年注目されていることを紹介。「(廣瀬氏は)どうしたらいいでしょうか、と子どものような純粋さで悩みをさらけ出し、学ぶ意欲も満々だった」と語った。自己認識はキャリアアップには絶対不可欠だが、それを他者からのフィードバックによって深められるタイプだと評価した。
「突っ張ったり、かっこつけたりして聞いたら、だれも教えてくれない。バリアーを全部取って聞いてみる」。そのことを重視する中竹氏は「自分が誤解されていると思っている人から(助言などを)もらった方が財産になる。仲良しから聞いても期待した答えしかなく、あまり発見がないから自己認識がずれていく」とつけ加えた。
スポーツ選手にとって現役引退後のセカンドキャリアは切実な問題だ。廣瀬氏は「ラグビー経験のある経営者は結構多くて、ラグビーの話では盛り上がれるが、ビジネスや経営の楽しさについての話はあまりできなかった。それができたら得るものが多いなと思った」ことが、ビジネスに関心をもつ理由の一つになったという。「いろいろな業界で活躍する人に会うと、俺ってなんやろな、何をやりたいんやろなと考えるんですよね。そのきっかけを自ら取りにいくのをすごく大事にしてきた」と、進んで他者と接点をもつことの意義を力説した。
■スキルより「好き嫌い」の自覚を
中竹氏はセカンドキャリアに向けた準備にふれて「徹底的に自分を見つめた方がいい。ついつい何かスキルを身につけようとするけど、スキルはあまり使えない。能力より、好き嫌いを明確にした方がいい」と語った。「社会人として組織に入ると、どうも好き嫌いがわからなくなる。世の中の常識に好みを合わせていくのが一番不幸だ。(働き方改革で)自由な時間ができても、行きたいところがない『フラリーマン』になってしまう」とも口にした。
廣瀬俊朗(ひろせ・としあき)
1981年、大阪府生まれ。府立北野高、高校日本代表、慶大、東芝に続き、日本代表でも2012年から13年まで主将。2016年現役引退。W杯出場チームを国歌などで歓迎する「スクラムユニゾン」の発起人でもある。
「こんばんは。浜畑でございます」。ドラマ「ノーサイド・ゲーム」で演じたベテラントップ選手の役名で登壇した廣瀬氏。街なかでも「浜畑さん」と声をかけられるほどだ。対談後に記者団から俳優としてのセカンドキャリアを聞かれ「(ノーサイド・ゲームは)ぜひともやらせていただきたいと思った。今後は、ドラマの描きたい夢とか目的に共感できればやってみたいと思うが、何が何でも出たいという思いはない」と、少し慎重な受け答えをみせた。
ドラマ出演とW杯出場のプレッシャーの違いについて聞かれると、気も体も張って真剣勝負を続けてきたトップ選手のすごみが漂った。「正直言うと、ドラマは失敗がきくというか、あるシーンを何度も取り直すことができた。W杯での失敗は一生、取り返しがつかない」と説明。将来の不安を感じながらも東芝を退社したことに関しては「自分の人生、死ぬことから考えたときに、この場に居続けることがいいことじゃないと思った。いま辞めないで、いつ辞めるんだと逆に(内なる声が)返ってきた」と語った。セカンドキャリアの幕開けのタイミングで起業した会社の名は、ボールを広く動かして走り回るバックスの選手らしく「HiRAKU(ひらく)」だ。
(天野豊文)
「キャリアコラム」記事一覧
本コンテンツの無断転載、配信、共有利用を禁止します。