プロの登山家でもない限り、山で危険な目に遭ったらやめてしまう人も多いだろう。「でも、南谷さんは『ここでやめたら、自分の人生に対して負けてしまう。山に生かされ、山が挑戦をあきらめるなといっているように思った』のだそうです。それを聞いて、私まで大地の持つ偉大な力に圧倒されるような気がしました。彼女の瞳の奥に、柔らかいのに強い光が宿る理由が分かり、胸が熱くなったのを覚えています」(小林氏)

高校時代にカナダで山岳部に入っていたという小林氏は「レベルこそ違いますが、登山がどれほど過酷なものになり得るか、身をもって知っているつもりです。天候など自然との戦い、体力との戦いは厳しいです。南谷さんは、それでも山に登るのは『現実の山を登りながら、見えない心の山も登り、自分と向き合うことができるからだ』と話してくれました」と言う。

挑戦を前に身がすくむような思いも

とはいえ、世間に知られた実績もない若者が壮大なプロジェクトを前に弱気になることはなかったのだろうか。エベレスト登頂を「頂点」として、七大陸の最高峰をすべて踏破する計画を立てた南谷氏は、当時の心境を小林氏にこう明かしたという。「初っぱなで言い知れぬ恐怖心が込み上げて、『このまま登山を続けられるか』と涙が止まりませんでした。本来の目標であるエベレストは、はるか向こうなのに……」

小林氏は「資金を出してくれるスポンサーをはじめ、いろいろな期待を背負うプロジェクトです。登れなかったら、どうなるのかと不安に駆られたでしょう。私も、学校づくりで同じような経験をしました。開校の4年も前に、初めて2週間のサマースクールを開催したときです。前夜になって、何十人もの生徒の命をお預かりするのだという事実に急に不安になり、眠れなくなってしまったのです。何かを始めようとするとき、まだ先は長いのに急に恐怖に襲われて身がすくむことがあるんですね」と話す。

では、そんな恐怖心を克服する方法はあるのだろうか。「南谷さんの場合、たまたま出会った山岳画家から、今抱えている不安を文章や絵で表現してみるようアドバイスされたそうです。そうするうちに自分と向き合うことができ、落ち着きを取り戻せたそうです」と小林氏。自分の感情を言葉にして客観的に分析していくと、困難な状況から一歩踏み出せるようになる。UWC ISAKの授業「リーディング・セルフ(自己を導く)」で鍛える、前向きになる力に通じるものがあるようだ。(この授業についての記事は「変革の道は『ワクワク発見』から 問いを立てる力とは」

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減点より加点、薩摩藩の人事評価
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