菅野美穂 何事にも動じないヒロイン「見習いたい」
恋する映画 『ジェミニマン』で声優に挑戦
ハリウッドのトップスターであるウィル・スミスが、伝説的スナイパーである主人公のヘンリーを演じている映画『ジェミニマン』が10月25日より公開となる。23歳になった自分自身のクローンと対決するというまさかのストーリー展開が話題で、ウィル・スミスが最新技術を駆使して一人二役に挑戦した。本作には欠かせないヘンリーの相棒で、アメリカ国防情報局で潜入捜査官として働く女性ダニー(メアリー・エリザベス・ウィンステッド)。その日本語版吹き替えを担当した女優の菅野美穂さんに、声優としての苦労や仕事とプライベートの両立の難しさなどについてじっくり語ってもらった。
出来上がっている映像に合わせて気持ちを逆算させた
――今回は、実写映画の吹き替えに初挑戦となりましたが、演じるうえで意識したことを教えてください。
菅野美穂さん(以下、菅野):実写の場合は、すでに演技をされている俳優さんがいて、作品の世界観も出来上がっているので、自分のアイデアを持っていくというよりは、より分かりやすく伝えるお手伝いができるようにがんばろうという心持ちで挑みました。声の出し方でいうと、ダニーの低めのトーンに合わせて、いつもより落ち着いた声を出すというのは意識したところです。出来上がっている映像に自分を近づけて、気持ちを逆算していくようにしました。
――そのなかでも苦労したのはどのあたりですか?
菅野:感情を入れすぎると合わなくなってしまうし、落ち着きすぎると緊迫感が伝わらないので、アクセルとブレーキの使い分けが難しかったですね。以前挑戦したアニメーションが一音一音きっちりと声を出す歌のような感じなら、実写のほうがよりしゃべっている感覚に近かったです。でも、声だけに限定して演技をするというのは、体を動かせないだけでなく、マインドも違うように思いましたし、発声練習って大事なんだなと改めて感じました。
――では、普段のお芝居とは違う緊張感もあったのですね。
菅野:そうですね。緊張のせいか直前で声の調子が少し悪くなりそうになったこともありました。もしかして、年齢とともに本番に弱くなっているのかもしれませんね(笑)。若いときは勢いでいけていた部分もありましたが、いまは「ちゃんとしなきゃ」と考えてしまう気持ちが強くなっているんだと思います。でも、この作品のおかげで、演技をするうえでの自分の癖にも向き合えた気がしています。
――それはどのあたりに感じましたか?
菅野:たとえば、ドラマだと今回のようにセリフを声に出すというよりは、説得力を持たせるために一度自分のなかに落とし込んで、表現として内側から伝えるというイメージ。そういう自分の姿勢みたいなものが自分の演技にはあったんだと気が付きました。
何事にも動じない腹の据わった女性になりたい
――本作で演じたダニーは、知的で強さのある女性なので、現代の女性たちが憧れるようなところもあると思いますが、演じていて見習いたいと感じた部分もありましたか?
菅野:彼女は女性らしい服装をしているわけでも、切れ者の雰囲気があるわけでもないので、いい意味で相手を油断させる人だと思いました。でも、そのなかにも動じないたくましさがあるので、武道の達人みたいに戦うことなく相手を囲い込んでいるような感じですよね。私はいま育児でつねに焦っているので、そういうところは見習いたいです(笑)。なので、子どもが大きくなったときまでに、腹の据わった女性になれたらいいなと思っています。
――ちなみに、菅野さんが理想の女性とされている方はいますか?
菅野:私は坂下千里子ちゃんとMEGUMIちゃんと独身時代から定期的にご飯を食べているくらい仲良しなんですが、「このなかで一番赤い口紅が似合うのはMEGUMIちゃんだ」という話になって、「一番年下に負けたね」と千里子ちゃんと言っていたんです。
――やはり赤い口紅が似合う女性には憧れますか?
菅野:そうですね。「いつになったら赤い口紅が似合うようになるんだろう」と思っていたらいつまでも似合わないので、開き直ってつけるしかないんですよ(笑)。そのあとは、周りから「あの人いつも赤い口紅だよね」と言われるようになるまで続けることが大事で、それにはマインドの強さも必要ですよね。なので、いまは堂々とつけるようにしています!
――菅野さんが輝いていられる秘訣があれば教えてください。
菅野:年を重ねると穏やかであることも大事だとは思いますが、たとえば60代、70代になっても若々しい人は、自分から刺激を取りにいっている気がしています。そんな風に、自分が生き生きしていられるものを見つけて、興味を持つことが美容や健康にもいいのかもしれないですね。そういう意味では、いまの私にとっては大変ではありますが、育児をすることが新鮮であり、刺激を与えてくれるものだと思います。
両立にとらわれずとりあえずやってみることが大事
――とはいえ、仕事とプライベートを両立するのは大変なこともあるのではないでしょうか? 心がけていることがあれば教えてください。
菅野:「両立」という言葉はシンプルですし、「それをやっていて当然」と思われがちですが、私の場合はどちらも中途半端で、ほぼ共倒れ状態です。もちろん両立が目標ではありますが、ダメでもとりあえず前に進んでいれば、振り返ったときに「良い経験だったな」とか「働く母親の姿を見せられてよかったな」と思えると考えています。あとからわかる大事なこともあると思うので、準備が整っていようがなかろうが、大事なのはとりあえずやってみることです。
――「両立」という言葉に縛られすぎないことが大切なんですね。
菅野:そうですね。母親だったら子どもの世話をして、送り迎えして、ご飯を作って当たり前、みたいな感じになっていますが、実際にやってみるとすごく大変なこと。バタバタしてスーパーに行くタイミングを失ってしまうと、「冷蔵庫にあるものだけで何を作ればいいんだろう」と悩むこともありますし、本当は料理も楽しいはずなのに「何時までに作らなきゃ」と思うと焦ってイライラしちゃうこともありますからね。
――働きながら育児している女性たちも、同じ悩みを抱えている人は多いと思います。
菅野:ただ、育児はいましかできないことであり、いつか終わりがきますよね。一方で、仕事や人生はその先も続いていくので、小さいお子さんがいる女性は自分のキャリアをどうするか難しいところではあると思いますが、10年くらい先を見据えながら計画するのがいいのかなと考えています。子どもが生まれる前は、仕事で社会とつながっていることは当たり前だと思っていましたが、それがいかにありがたいことだったのかを実感しました。いまは、いろんな物事に対する見方が変わったと思います。
――では、忙しい生活のなかで、ストレス解消にしていることはありますか?
菅野:上の子が小さかったときにヒザを悪くしたことがあったので、時間があるときは運動した方がいいかなと思って、ピラティスに通うようにしています。でも、その時間があるなら、もっと子どもと遊んでいた方がいいかなと思うこともあるんですが、やっぱり運動するとスッキリしますし、逆にそのあとの効率がよくなるんですよね。
疲れたときは日常で一回スイッチを切り替える
――やはり育児にもメリハリが必要ということですか?
菅野:たとえば、家事と育児をずっとしていると脳が疲れてしまうので、頭ではしないといけないことがわかっているのに、ボーっとしてしまって、うまくいかないことがあります。でも、そういうときに運動すると、「よし、がんばろう!」と気分転換になったりするので、連続している日常のなかで、一回スイッチを切り替えるのは大事なことなんだなと感じているところです。
――そういう意味では、年齢や経験を重ねて考え方も大きく変わられたと思いますが、この作品のようにもし20代の自分が目の前に現れたら、当時の自分に言っておきたいことはありますか?
菅野:いま言えるのは、「120%集中して仕事に向き合えるのは、一人のときだけだよ」ということですね。結婚して、子どもができると、どうしてもつねに何かをしなければいけないので、なかなか自分だけに集中できるタイミングがなくなりますから。あのときは先が見えなくてゼーハーしながら仕事していましたが、振り返ってみると良い時期だったなと思います。ただ、当時の写真を見ると恥ずかしい気持ちの方が強いので、戻りたいとは思わないですね(笑)。
――では、20代の自分よりも勝っていると思うところはどんなところですか?
菅野:若いときの勢いには絶対にかなわないと思いますが、経験とともに冷静さと落ち着きは得られたと思うので、地に足をつけて対抗したいです。でも、もし実際に今回の映画のような自分のクローンがいたとしたら、会いたいとは思わないですね。というのも、お互いに手の内が分かっていますし、悪いところがぶつかり合うので、きっと良いことは半分で、ケンカが倍になる気がしているからです(笑)。
――それでは最後に、今後ご自身が描く未来像を教えてください。
菅野:いまはどうしても慌ててしまうことが多いので、ダニーのように静かにどっしりとしつつも、アメリカ人のようなユーモアを忘れずにいられる女性でいたいなと思います。そして、もちろんこれからも赤い口紅を3本くらいは使い続けていきたいです(笑)!
監督:アン・リー
製作:ジェリー・ブラッカイマー
出演:ウィル・スミス、メアリー・エリザベス・ウィンステッド、クライブ・オーウェン、ベネディクト・ウォン
配給:東和ピクチャーズ
10月25日(金)全国ロードショー!
【ストーリー】
伝説的なスナイパーと呼ばれていたヘンリーもついに引退を決意。最後のミッションを遂行していたが、何者かに襲撃されてしまう。神出鬼没な暗殺者に翻弄されていたヘンリーだったが、その正体が秘密裏に作られた若い頃の自分のクローンであるという衝撃の事実を知ることとなる。クローンを作った謎の組織ジェミニとは一体何なのか。ヘンリーの監視役として潜入捜査を行っていたアメリカ国防情報局のダニーとともに、陰謀に立ち向かうこととなる。
(ライター 志村昌美、写真 小川拓洋)
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