宇宙飛行士・向井千秋さん 「女だから」をやめよう日経ウーマノミクス・シンポ

2019/10/12

日本経済新聞社が9月5日に東京・大手町の日経ホールで開いた「日経ウーマノミクス・シンポジウム」では、宇宙飛行士の向井千秋さんが対談に登壇し、宇宙に行くまでの道のりを振り返り、次世代を担う女性たちに「女という殻に閉じこもらず、自分として戦っていくべきだ」とアドバイスした。

宇宙飛行士の向井千秋さん 1952年、群馬県出身。77年慶応大学医学部卒。日本人女性初の宇宙飛行士として94年にスペースシャトル・コロンビア号に搭乗。東京理科大学特任副学長、医学博士 

――医師を志した理由は。

弟が身体的な病でいじめられているのを見たのがきっかけだ。夢をつかむため、中学校では医学科進学者が多い高校への入学、高校では医学科進学に向けての勉強など、常に逆算して目標を設定した。

――宇宙飛行士への転身にためらいはなかったのか。

なかった。自分の中で医師の仕事と地続きだったからだ。生涯同じ仕事を突き詰める中でも、新しい学びは常に必要だ。宇宙飛行士になると決まったときは米航空宇宙局(NASA)で宇宙での医療を探る印象だった。まさか医者人生より宇宙開発のキャリアの方が長くなるとは思いもしなかったが。

――宇宙に行くまで、待つ期間が長かった。

スペースシャトル搭乗までの9年間も宝だ。宇宙を志した最大の目的は地球を客観的にみて、視野を広げることだった。挑戦への目的意識を具体化すれば、過程で得たことにも意味を見いだせる。

宇宙開発は多様な人材が一丸となる。NASAであらゆるバックボーンの人々とかかわり、人間関係や仕事、考え方が広がった。多様性の高い環境では、はじめはお互いに期待しないことが大切だ。互いの常識や価値観が異なると織り込んでいれば、理解し合おうと努力し続けられる。共通点が見つかるだけでも相手に親しみを持てる。

宇宙を経験し、重力が働く地球の特殊さに気づけた。宇宙に行かずして重力を発見したニュートンを思い、人間の想像力のすごさを再確認した。

――女性ならではの苦労もあったのでは。

幼少期から男の子との競争に勝つことが多く、そのたびに「男のくせに」とからかってきた。ただ、この口癖は男の方が優れているのになぜ女の自分に負けるのかという劣等意識の表れだと気づいた。

「男のくせに」「女だから」と垣根をつくれば逃げ道になる。自分が選んだ仕事や挑戦であるなら、女という殻に閉じこもらず、自分として戦っていくべきだ。

――次世代を担う女性たちへのメッセージがあれば。

人生は有限。自分に与えられたものを最大限使い、より楽しく生きるべきだ。病院から一歩も外に出られずに亡くなる子どももいる。社会で働き、悩めるのは選択肢があるということだ。置かれた立場を受け入れ、自分を肯定しよう。

母親や祖母など上の世代の女性たちが土壌を育んでくれたからこそ、私は将来の展望を思い描けた。今は大学の特任副学長として、教育の連鎖を通じて若い世代が活躍する環境を整えていきたい。

■Yaeさん 歌・農・育児 わらじは何足でも

「半農半歌手」を自称するシンガーソングライターのYae(やえ)さん。「丈夫で長持ちする新たな働き方への挑戦」と銘打ったトーク&ライブでは、運営する千葉県の農園での話題や子育ての様子を紹介するとともに、美しい歌声も披露した。

シンガーソングライターのYaeさん 東京都出身。故藤本敏夫氏と歌手加藤登紀子氏の次女。2001年デビュー。家族とともに千葉県の「鴨川自然王国」で農を取り入れたスローライフを送りながら、ライブ活動も行う

「おいしいものをいっぱい食べているので確かに丈夫です」。自ら食べたいと思う野菜を年間40種類作りながら3人の子どもを育て、ライブ活動をする。そんな生き方を「何足のわらじでも履けばいいのではないか」と話す。

デビューから4年は東京で暮らした。「このままでいいのか」と思った29歳の時に、父が立ち上げた鴨川自然王国を訪れ、「何もしない1週間にドキドキした」。そこで夫と出会い、棚田が広がる日本のふるさとの風景の中での生活が始まったという。

自然の中での子育ては近所の人をはじめ「とにかく人の手を借りまくっている」と笑う。「子どもたちに未来への選択肢を残していくというのが自分の役割」と話していた。

「歌を歌うことはわたしにとって栄養剤。歌っている時は一番自由な時間」という。CMソングとして知られる「ロマンスをもう一度」と「名も知らぬ花のように」の2曲をしっとりと歌い上げた。

〔日本経済新聞朝刊10月8日付〕