都城高専出身の川崎浩史さん(22)もその1人。ウェブサーバーの設計や人工知能(AI)の深層学習といった専門性の高い案件を手がけるエキスパートだ。「学問と仕事を両立したい」という川崎さんの願いを茨木さんは快諾。現在は東京理科大学理学部第2部に在籍し、夜間は数学理論を学ぶ。昼間はヘマタイトでCTFの情報を集約するサーバーのメンテナンスをこなす日々だ。
また長岡高専出身の阿部凌磨さん(24)も高専生ネットワークを通じてヘマタイトを知り、自分からアプローチした。
同じく高専出身者が設立したスタートアップのフラー(千葉県柏市)にいたが、「働きやすい環境に魅力を感じた」といい転職。エンジニアとなった。プログラミング技術は電子制御工学科仕込み。CTFのシステムではユーザーインターフェース(UI)の開発を担う。
高専はもともと昭和の高度経済成長期に、中核的技術者育成のために全国に設立。機械や化学など製造業に関わる学科が充実している。一方で、パソコンが家庭に普及した1990年代以降に生まれた世代の高専生からは「プログラミングの専攻が物足りない」といった嘆きの声も多かった。
産業構造の変化への対応は、高専が抱えてきた構造的な課題だった。
ヘマタイトのあり方は、そうした課題へのひとつの突破口かもしれない。茨木さんは「他校の高専生同士でやりとりをしていても一体感がある」と話す。たとえ違う高専の出身者同士でも、同じ「高専文化」を共有しているため、心理的な距離をすぐに縮められる。
実際インターネット上では以前から高専生同士の交流が盛んだった。強固なネットワークの存在こそが、クラウド高専が立ち上がる基盤だったと言えるだろう。
茨木さんは高専生向けセキュリティーコンテストの運営にも関わる。また現役高専生らと勉強会を開催し、子ども向けプログラミング教室の講師も務める。自ら輝くだけでなく、原石を発掘し、磨くことにも力を注ぐ。
こうしたつながりから新たなクラウド高専が生まれ、第2、第3のヘマタイトが羽ばたくかもしれない。
高専は工学系などの高いスキルを持つ技術者を養成しているが、大学に比べると一般の知名度は高くない。高専出身者が採用実績のある企業以外に活躍の場を求めた場合など、「キャリアの受け皿が不十分」という指摘はかねてあった。
教育サービスを手掛ける高専キャリア教育研究所(東京都稲城市)の菅野流飛社長は、「かつて高専の存在は、ITのスタートアップ企業から認知されていなかった」と振り返る。創業20年の大手IT企業ですら、最近までインターンシップ(就業体験)の募集対象に高専生を含めていなかったほどだ。そうした環境は、高専出身者らの地道な訴求により、少しずつ改善しつつある。
高専がカバーする学問領域も広がってきた。工学系だけでなく、人工知能(AI)やあらゆるモノがネットにつながる「IoT」など先端分野でも成果が出ている。
高専生のキャリア支援を手掛ける高専ベンチャー(東京・千代田)の沢木陽太郎社長は「ITのスタートアップ企業は技術に課題を抱えていることが多い。高専生が力を発揮できる可能性は高い」と述べる。高専出身者が新興企業や新たな事業領域で活躍する機運は高まっている。
(企業報道部 橋本剛志)
[日経産業新聞 2019年10月7日付]