中国SFブーム、日本にも到来 『三体』が10万部突破

日経エンタテインメント!

近年、中国SFブームが世界で巻き起こり、さらにその波が日本にも上陸しようとしている。2019年7月に早川書房が発刊した中国SF小説『三体』が、海外SFとしては異例の10万部を突破した(電子書籍含む)。

著者の劉慈欣は、1963年生まれ。発電所で働くかたわら、SF短篇を執筆。『三体』は2006年からSF雑誌『科幻世界』に連載された。(写真:Lin Yi'an)
人類に絶望した中国人エリート女性科学者が、ある日、巨大パラボラアンテナを備えた謎めいた軍事基地にスカウトされる。そこでは、人類の運命を左右しかねないプロジェクトが極秘裏に進行していた。早川書房/1900円(税別)

同作は『三体』『黒暗森林』『死神永生』からなる三部作の第一部。08年に中国で単行本が発売されると全土で人気が爆発、シリーズ累計2100万部以上を売り上げた。同作を担当した早川書房第二編集部の梅田麻莉絵氏は、「かつて中国では、SF作品は『科幻小説』と呼ばれ、子どもが読む物語として下に見られていました。しかし、『三体』の著者・劉慈欣(リウ・ツーシン)の登場で、SFは大人が読む小説に変わったようです」と話す。

14年に英訳版が発刊されると、翌年、SF界最大の賞である「ヒューゴー賞」を受賞。アジアの作品が選ばれたのは、史上初めてのことだった。アメリカではオバマ前大統領やフェイスブック創始者のマーク・ザッカーバーグにも読まれて話題になった。

「ヒューゴー賞受賞以降、劉慈欣は、国の英雄のように扱われています。官民挙げてSFを盛り立てようという機運も高まりました。また、『SF大会』には企業スポンサーが相次ぎ、年々豪華になっていると聞きます」(梅田氏・以下同)

中国のSFバブルは、映画にも飛び火。19年2月に中国で公開されたSF映画『流転の地球』は、2週間で約660億円の興行収入を叩き出し、中国映画史上2位の歴史的大ヒットとなった。

なぜ、劉慈欣の作品が国際的な評価を得たのか。「近年のSF小説界は、テッド・チャンとグレッグ・イーガンの二強時代が長らく続き、彼らの作品の中には、理解するためには最先端科学の知識が必要なものもありました。しかし、『三体』は、荒唐無稽な設定が魅力。日本の読者なら、小松左京氏の『日本沈没』を思い出すかもしれません」

SFファン以外への浸透

早川書房は、本書がアメリカでSFファン以外に浸透したことに目を付けた。同社がターゲットに据えたのはビジネスマン。そして、物語で活躍する科学者に近い、エンジニアやプログラマーだった。

「電車のドア横や新聞に広告を出し、作品との接点を増やしました。海外SF作品でプロモーションに力を入れるのはかなり異例です」

『折りたたみ北京』早川書房/1900円(税別)

一方で、中国SF作品への市場の反応は未知数だったため、『三体』に先駆けて、18年に中国人SF作家7人の短編を集めたアンソロジー『折りたたみ北京』を刊行した。「収録作品の1つは、劉慈欣の『円』。『三体』の中の1章を改編した短編です。その評価が高かったことも自信につながりました」

現在、中国では新しいSF作家も次々に台頭する。次の劉慈欣と期待されるのが、『折りたたみ北京』にも作品を収録する81年生まれの陳楸帆(チェン・チウファン)など、「八○后(パーリンホウ) 」と呼ばれる80年代生まれの作家たちだ。

「『三体』で中国SFの認知度が上がった今、劉慈欣の他の作品や、彼が注目する若手作家の作品も紹介したいです」。『三体』の続編は、20年と21年に刊行予定だ。

(ライター 横田直子)

[日経エンタテインメント! 2019年10月号の記事を再構成]