中国SFブーム、日本にも到来 『三体』が10万部突破
近年、中国SFブームが世界で巻き起こり、さらにその波が日本にも上陸しようとしている。2019年7月に早川書房が発刊した中国SF小説『三体』が、海外SFとしては異例の10万部を突破した(電子書籍含む)。
同作は『三体』『黒暗森林』『死神永生』からなる三部作の第一部。08年に中国で単行本が発売されると全土で人気が爆発、シリーズ累計2100万部以上を売り上げた。同作を担当した早川書房第二編集部の梅田麻莉絵氏は、「かつて中国では、SF作品は『科幻小説』と呼ばれ、子どもが読む物語として下に見られていました。しかし、『三体』の著者・劉慈欣(リウ・ツーシン)の登場で、SFは大人が読む小説に変わったようです」と話す。
14年に英訳版が発刊されると、翌年、SF界最大の賞である「ヒューゴー賞」を受賞。アジアの作品が選ばれたのは、史上初めてのことだった。アメリカではオバマ前大統領やフェイスブック創始者のマーク・ザッカーバーグにも読まれて話題になった。
「ヒューゴー賞受賞以降、劉慈欣は、国の英雄のように扱われています。官民挙げてSFを盛り立てようという機運も高まりました。また、『SF大会』には企業スポンサーが相次ぎ、年々豪華になっていると聞きます」(梅田氏・以下同)
中国のSFバブルは、映画にも飛び火。19年2月に中国で公開されたSF映画『流転の地球』は、2週間で約660億円の興行収入を叩き出し、中国映画史上2位の歴史的大ヒットとなった。
なぜ、劉慈欣の作品が国際的な評価を得たのか。「近年のSF小説界は、テッド・チャンとグレッグ・イーガンの二強時代が長らく続き、彼らの作品の中には、理解するためには最先端科学の知識が必要なものもありました。しかし、『三体』は、荒唐無稽な設定が魅力。日本の読者なら、小松左京氏の『日本沈没』を思い出すかもしれません」
SFファン以外への浸透
早川書房は、本書がアメリカでSFファン以外に浸透したことに目を付けた。同社がターゲットに据えたのはビジネスマン。そして、物語で活躍する科学者に近い、エンジニアやプログラマーだった。
「電車のドア横や新聞に広告を出し、作品との接点を増やしました。海外SF作品でプロモーションに力を入れるのはかなり異例です」
一方で、中国SF作品への市場の反応は未知数だったため、『三体』に先駆けて、18年に中国人SF作家7人の短編を集めたアンソロジー『折りたたみ北京』を刊行した。「収録作品の1つは、劉慈欣の『円』。『三体』の中の1章を改編した短編です。その評価が高かったことも自信につながりました」
現在、中国では新しいSF作家も次々に台頭する。次の劉慈欣と期待されるのが、『折りたたみ北京』にも作品を収録する81年生まれの陳楸帆(チェン・チウファン)など、「八○后(パーリンホウ) 」と呼ばれる80年代生まれの作家たちだ。
「『三体』で中国SFの認知度が上がった今、劉慈欣の他の作品や、彼が注目する若手作家の作品も紹介したいです」。『三体』の続編は、20年と21年に刊行予定だ。
(ライター 横田直子)
[日経エンタテインメント! 2019年10月号の記事を再構成]
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