それならば、環境などに配慮した企業に投資すると年金加入者の利益に反するのか。それとも、利益と環境、社会や株主との折り合いは並立できるのか――。長年の論争に決着をつけたのが、大手法律事務所が05年に公表したリポートだとされる。国連のコフィ・アナン事務総長(当時)は、投資対象を選ぶ作業にESGの視点を組み込むことを盛り込んだ「国連責任投資原則(PRI)」を提唱した。そして主要機関投資家に対して賛同を求め、署名を促した。この結果、主要国でESGの普及に弾みがつくことになる。

ところが日本で広まるまでにはさらに時間がかかった。日本で注目されるようになった契機は、15年秋に公的年金の年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)がPRIに署名したことだ。影響力が大きいGPIFに倣う投資家が相次いだことで、残高は急増した。黒田氏はこうした「押しつけられ感」の有無が、英国など諸外国と日本とでESGの普及速度に差が出た原因だとみている。

中立的な第三者機関の整備が急務

英国でESG投資を後押しした改正年金法は、年金基金に対し、直接にはESG投資を求めていない。代わりに「環境・社会・倫理に配慮して投資先を選んでいる」という方針の公表を義務付けた。投資判断でESG要因を考慮していない場合、なぜ不要と考えるのか説明を求められるようになった。どの年金がESG投資をしているか、あるいは対応していないのかを誰もが分かる状態になったわけだ。自ら「ESG投資をする」と決めた年金基金は、具体的にどのように資金を運用するかをそれぞれが工夫をした。著者は「日本でも、年金や金融機関が自主的に取り組むことがESG普及のカギ」と指摘する。

もう一つ日本が学べる点として黒田氏が挙げるのは、第三者評価機関の役割だ。英国では政府や金融機関、特定の企業と利害関係のない評価機関が存在する。金融機関が投資対象を決める際にESG要因をどの程度考慮しているのか、企業に課題がある場合に改革を働きかけているかを監視している。ところが日本には中立の見張り役がいない。一般の人がESGに興味を持ったとしても、金融機関の行動の質や水準、本気度を見分けるのは難しい。

黒田氏は調査のかたわら、大学で学部生にESGや投資の基礎を教えている。社会の動きに関心を持ち、確かな目を持った消費者として金融機関や企業の行動に影響を与えていくと期待している。「誰かを傷つけ、子どもや孫の世代にツケを回すような企業活動は長続きしない」という当たり前の事が定着していくために金融が手助けできることは多いはずだ。では日本にはどんな手法が適しているのか。黒田氏の探求は今後も続く。

黒田一賢
 2003年岡三証券入社、07年に渡英し約8年にわたり現地のESG評価機関EIRIS(現Vigeo)などで実務経験を積んだ。08年ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス・アンド・ポリティカル・サイエンス(環境政策・規制修士コース)修了。15年に日本総合研究所に入社し、創発戦略センターのスペシャリストとしてESGの調査に携わっている。著書に『ビジネスパーソンのためのESGの教科書 英国の戦略に学べ』(日経BP)、『葛藤するコーポレートガバナンス改革』(共編著・金融財政事情研究会)

(毛利靖子)

ビジネスパーソンのためのESGの教科書 英国の戦略に学べ

著者 : 黒田一賢
出版 : 日経BP
価格 : 2,750円 (税込み)