3万冊の本の森で読みふける 書店入場料1500円なり
文喫
たくさんの本と本好きが集まる書店やブックカフェ、図書館などには、それぞれ独自の「表情」がある。個性的な「本の居場所」で売れている本やスタッフ「一押し」の書籍を選んで紹介するシリーズ。初回のブックカフェ「マルノウチリーディングスタイル」に続き、第2回はユニークな入場料制を採用している書店「文喫」を訪ねた。
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先端ファッションや流行の発信地、東京・六本木のメインストリートで営業している「文喫」は、入場料を徴収する全国でも珍しい書店だ。書籍の数は約3万冊で、同じ本は1冊ずつしか置いていない。そのため、新刊や売れ筋を複数冊そろえて平積みにする一般の書店に比べ約3倍の種類の本がそろっている。2階建て構造の店内を一通り歩いて回ると、一般の書店に比べて「本の密度が濃い」という印象を受ける。
「本の森」を散策する
ゆったりとくつろげるソファを置いた広間やカフェ、静かな研究スペースなどくつろげる空間が設けてある。書棚だけでなくテーブル、階段、壁の間のくぼんだ一画、インテリアなど様々な場所に本を配置してある。利用者は、本の森を散策する感覚で、気になった本を好きな数だけ手にとっている。気に入った書籍は、座り込んで何時間でも読みふけることもできる。
入場料制を採用した理由は「本選び」をサービスとして提供したいという考え方からだ。店長の伊藤晃氏は「本を選ぶという体験には、美術館を見学することと同様の価値があると思います」と話す。入場料1500円(税別)の設定は、一般的な美術館や博物館の入館料金を意識したという。オープンから日がたつにつれて常連の顧客も増えてきた。より使い勝手を高めようと月額1万円で使い放題の「文喫定期券」の販売も始めている。
選書は20人のスタッフで手分けして担当している。その際、本の売り上げに関するデータは一切見ない。新刊書かどうかは買い付けの基準にはならず、スタッフが面白いと思うかどうかが唯一の目安だ。役者をやっているスタッフは演劇の本、建築学科で学ぶスタッフは建築系の本と各自が強い分野を持っている。
アマゾンの本選びと対極の仕組み
陳列の区分は「日本文学」「心理」「ビジネス」「ライフスタイル」といった大分類のみである。それより細かい分類はない。「あえて検索性を悪くするためです」と伊藤店長は説明する。キッチンの本は「ライフスタイル」の棚にあるが、1カ所にまとまっているわけではない。自分の探しているキッチン本にたどり着くまでに、「器」とか「伝統野菜」など関連性のある本の表紙がいやでも目に入る。「器の写真集も面白そうだな」といった具合に、お目当ての一冊にたどり着くまで道草を楽しめる。アマゾンで購入する書籍を選ぶプロセスとは対極に位置するサービスだ。
顧客の平均滞在時間は約4時間。平日の昼間はビジネスマンが目立つが、夜の時間帯や週末は観光客をはじめ様々な人が集まる。座敷に上がるスペースもあるので、幼い子ども連れの「ママ会」もしばしば開かれるそうだ。丸1日、外出せずに過ごせるように店内の喫茶室にはスパゲティやハヤシライス、アルコール類などを用意している。
オープン以来、最も売れた本は『クリームソーダ 純喫茶めぐり』(難波里奈著、グラフィック社)だという。昭和の時代に喫茶店の定番メニューだったいろいろなクリームソーダを、撮り下ろしの写真と一緒に紹介している。「輝くような、色とりどりのクリームソーダの写真が魅力的な一冊です。店内にカフェがあるので、手に取る人が多いのかもしれません」(伊藤店長)
2番目が『発酵の技法 ―世界の発酵食品と発酵文化の探求』(Sandor Ellix Katz著、オライリージャパン)で、3番目は『風味の事典』(ニキ セグニット著、楽工社)だ。なぜか食に関連する書籍が売れていく。世界各国のさまざまな料理店が集積している六本木という土地柄に関係するのだろうか。
どうしても手元に置きたくなる魅力
『風味の事典』は価格が7200円(税別)とかなり高価だ。「文喫」は入場料収入がある分だけ、一般書店に比べて高額な本を買い付けやすい。売れ筋の一つ『世界の中の日本地図 16世紀から18世紀 西洋古地図にみる日本』(ジェイソン C ハバード著、柏書房)は価格が2万円(税別)。分厚い豪華本をめくりながら地図ごとに異なる日本の描き方を眺めていると、時間がたつのを忘れてしまう。著者による丁寧な解説も読み応えがある。確かに、本好きがどうしても手元に置きたくなる不思議な魅力を備えた一冊に思えた。
(若杉敏也)
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