50代半ばでリタイアは早すぎる?作家、石田衣良さん

NIKKEIプラス1

作家。東京都生まれ。2003年「4TEENフォーティーン」で直木賞。石田衣良のブックサロン「世界はフィクションでできている」主催(https://yakan-hiko.com/meeting/ishidaira/top.html)。
作家。東京都生まれ。2003年「4TEENフォーティーン」で直木賞。石田衣良のブックサロン「世界はフィクションでできている」主催(https://yakan-hiko.com/meeting/ishidaira/top.html)。

大学卒業から勤めてきた会社を今春、50代半ばで辞めました。仕事が面白くなかったうえ、子供が独立し、ローンもなかったためです。バリバリ働いていた印象からか「どこに転職するのか」「独立か」とよく聞かれますが、そんな気にはなれません。長年憧れていた三食昼寝付き生活を、このままだらだら続けてよいものでしょうか。(富山県・50代・男性)

去年のサイン会での出来事です。順番が回ってくると常連の男性読者がいいました。「定年退職してから、何をしてもおもしろくないんです。どうしたらいいでしょうか」

ぼくはすこし考え、

「旅行とか、どうですか」

苦しげな表情で、まだ若々しい60代はこたえます。

「もう旅行にも飽きてしまったんです」

時間がなくなりサイン本を手渡し別れたのですが、そのときの相手の顔がしばらく脳裡(のうり)を去りませんでした。定年後ってたいへんなんだなあ。

あなたは50代半ばで、住宅ローンもなく、子育てを無事に終了し、悠々自適の隠居生活に入った。お疲れさまでした。よくがんばりましたね。もう仕事をする気もないし、三食昼寝つきの暮らしを心から楽しんでいるという。

何かを楽しむには、もともと適性や素質が必要なものです。あなたはあの男性とは違って、昼寝つきの悠々自適を退屈と感じないタイプなのでしょう。それならば、誰に何を恥じることがあるでしょうか。ぜひ、このまま憧れの隠居暮らしを続けてください。

人生の目的が働くことである人も、そうではない人もいる。そんな当たり前のことがながいこと忘れられていた成長ニッポンのほうがおかしいのです。人にどういわれようが、あなたは堂々と自分なりの悠々を貫いてください。

残念ながら、ぼくは明日をも知れぬ浮草(小説)稼業です。あと15年くらいは、嫌でも書き続けなければならないでしょう。まあ通勤も無駄な会議もない昼寝つき生活なので、何とか続けられそうです。

ちなみにこの秋のサイン会で、冒頭の男性にまた会いました。表情が違います。なにかいいことがあったのかな。

「石田さん、再就職しました。最近忙しくてたまりません」

彼の握手は力があります。

「それはよかったですね」

「うんと暇か、うんと多忙か、どちらかで、いい塩梅(あんばい)はないもんですね」

そういうとサイン本をもって笑顔で去っていきました。定年後働いてもいいし、働かなくてもいい。サイン会の常連さんも、50代で早期退職し隠居生活のあなたも、ぼくは断固支持します。ごゆるりと。

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[NIKKEIプラス1 2019年10月12日付]

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