自分を「少し離れてみる」 医師兼作家からの提案海堂尊の死ぬまで生きる(1) はじめまして

これから月1回エッセーを連載することになった海堂尊です。肩書は医師・作家。2006年、44歳の時に「チーム・バチスタの栄光」で「第4回このミステリーがすごい!大賞」を受賞して作家デビューしましたが、それまでは外科医として各地を転々とした後、放射線医学総合研究所・重粒子医科学センター病院(現:量子科学技術研究開発機構・QST病院)の病理医になりました。そこでオートプシー・イメージング(=Ai:死亡時画像診断)の概念を提唱し、社会導入のため、ああでもないこうでもない、と10年以上悪戦苦闘しました。現在はAi普及推進の応援団長を務めています。

このエッセーの依頼を受けた時、作家歴12年で、単発でない連載エッセー依頼は初めてだな、と気づきました。でも医者の不養生、健康維持にあまり興味がないので適任かどうか0.5秒ほど迷いましたが、「面白そうなものは受ける」というのが私の基本原則なので、とりあえず依頼された方たちにお目に掛かり、先方に判断してもらおう、と考えました。

すると「健康」「仕事」「お金」についてちょっとでも触れていればいい、という大変大ざっぱな、もとい、おおらかなお答えだったので、それなら適任かも、と自信を深めた次第です。はい、「いい加減(かげん)で大ざっぱ」って、実は大好物です。

私は医者ですが今も述べた通り、自分の健康維持にはほぼ興味がありません。モットーは「死ぬまで生きる」。でも自分の体調に無関心だというわけではありません。胃が痛いとなれば胃カメラを飲み、便通がおかしいと思ったら大腸ファイバー検査をお願いする。ただしその検査で問題ないとわかれば(たいていそうなる)、1年くらいは調子が悪くても「とりあえずこれは気のせいだ」と言い聞かせて我慢します。大切なのは、おかしいと思ったらすぐ検査すること、その検査で問題がなければ気分の問題だと認識すること、このバランスだと思います。そもそも人間の体調なんて万全であることが稀(まれ)で、たいていどこか不具合を抱えながら生きているものなのです。

ところが往々にして世人のバランスは悪く、おかしいと思っても検査をしない自信過剰タイプか、何遍検査しても異常がないということが納得できない「気病みマニア」の人たちがやたら目についてしまい、足して二で割ればちょうどいいのに、なんて思ったりすることが多いものです。