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米大統領に飲んでほしい! 飛騨で奮闘、米国人の蔵人世界で急増!日本酒LOVE(14)

酒造りに精を出すコディさん(右)

コディさんは今年も秋・冬の時期は蔵にこもって酒造りに励む。昨年は副杜氏になって、生酛造りに挑戦した。今年は山廃造りに挑戦したいと意気込む。社内の杜氏の資格や南部杜氏協会の試験を受けて資格を取ることが当面の目標で、まだまだ勉強中だという。

コディさんが日本酒デビューしたのは29歳の時。当時は将来日本で蔵人になるとは夢にも思わなかった。その後、日本人女性との結婚を機に来日。正月に義父と日本酒で晩酌した際、日本酒にはどっしりとしたうま味があり、香りもフルーティーなものからキャラメルのようなものまで幅広く、製造法もいろいろと、奥深さを知ることになった。

日本酒はコディさんの趣味の一つになったが、やがて情熱が膨らみ、蔵に入ることを決意。最初の数年は大変だったと振り返る。「当時130キロの体重が一気に30キロ減りました。妻も蔵の社長も私のことをとても心配していましたね」

毎朝4時に起きて、極寒の中、重労働を続ける日々。中でも一番大変だと感じたのはメンタル面だった。「海外では何でも自己主張するのが当たり前。でも日本は違った。自分の意見は言わず、黙って仕事を覚えるのが先。蔵に入って8年目のある日、釜屋(蒸米係)を任せてもらえるようになって、ようやく一人前として認めてもらえたことが分かって、とてもうれしかった」(コディさん)と語る。

ロンドンでも真剣にプロモーションする

「酒造りはチーム力が命。日本人蔵人の中に、未経験の外国人を迎え入れた渡辺酒造店の決断は大変リスクがあり、大きな選択だったに違いない」とコディさんは想像する。今でも「感謝を忘れず、少しでも周囲の役に立てるよう、さらに蔵の仕事に精を出していきたい」と話す。

コディさんには「いつかコディズバーを地元にオープンさせたい」というひそかな夢がある。外国人観光客も多い飛騨で、鶏ちゃん焼きや豆腐ステーキ、漬物ステーキといった郷土料理を外国人向けにフュージョンさせた料理に、自分の日本酒を合わせたいのだ。

飛騨にきた訪日客や日本人がコディさんの酒で乾杯し、米大統領が「Cody's Sake」を楽しむ日が来れば、とコディさんの夢は果てしなく広がる。

(国際きき酒師&サケ・エキスパート 滝口智子)


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