経済学は役に立たないのか 10の「ダメ理論」を斬る『世界をダメにした10の経済学』

批判の俎上(そじょう)に上げられた理論は、「自由放任主義を批判する学説」からピックアップされています。その理由は、ヴァフルロース氏が基本的に「大きな政府」に懐疑的な姿勢を持っているからです。雇用、環境保護、金融など経済問題の解決策として政府介入を重視する考え方には批判的な学識者なのです。

援助で貧困層はますます貧しく

例えば【4】の「格差と経済成長」を巡る学説について、著者はどう考えているのでしょうか。極めて簡略化すると、以下のような論理を展開します。

「経済成長は投資から生まれます。投資にはリスクが伴います。仮に富裕層の所得を再分配すると、富裕層は資金のゆとりが減り、リスクを取りにくくなります。そこで、投資に回すお金を減らします。結果的に経済成長は止まってしまうのです」

収入における「結果の平等」を重視し過ぎると、他にもやっかいな副作用が起きるといいます。次のくだりで指摘されています。

強引な再分配政策は投資へのインセンティブを減退させるだけではない。本来の目的に合致するかもわからない。ザンビア出身の経済学者ダンビサ・モヨは、アフリカへの援助が貧困層をますます貧しくさせ、経済成長を遅らせたと訴える。
(中略)
ヨーロッパ左派が好む最低賃金の引き上げは、生産性のもっとも低い労働者を永遠に失業状態に置き、労働組合が要求する賃金水準に満たない学歴にない若者たちから雇用を奪う。高い志こそ、破滅への道につながることが多いのだ。
(邪悪な理論4 格差是正は経済成長につながる 146ページ)

【5】「インフレ」とは消費者の物価上昇であるという学説に対しては、著者は「インフレとは消費者物価の上昇ではない。貨幣価値の下落だ」と反論します。著者はデフレについても「デフレは物価の下落ではなく、通貨供給不足によって貨幣価値が上がることだ」と断定し、一般的に効果があると思われているインフレ対策は効果がないと指摘します。「(独占状態を防ぐために)競争の強化に努めたり、家庭用のエネルギー効率向上の運動を進めたりしたところで、インフレ対策にはならない」というのです。

旬を過ぎてもなぜか生き残る

筆者が本書の中で訴えているメッセージは「今まで正しいと思われていたことが、正しいとは限らない」ということです。「君子は豹変(ひょうへん)す」を実践すべきだという主張です。しかし、過去にこだわらず、わだかまりなく現実を見ることは結構難しいのです。経済学者は理論を生み出すために費やした労力を無駄にしたくないし、自分の得た評価や名声も失いたくありません。

「旬を過ぎてもなぜか消えずに残っている」理論の代表例が、赤字財政に関するケインズ派の主張です。「独占は悪く、金融市場は効率的でない」という考え方もそう。著者はそのほかに「最低賃金」「金融取引税」「農業補助金」「独占禁止運動」「単純化された金融政策目標」「確定退職給付制度」と列挙していきます。

もし豊かさと完全雇用を取り戻したければ、いずれそれらに対処しなければならない日が来るだろう。現実に向き合うのが早ければ早いほど、価値のない人的資本を廃棄し、事実を事実として受け止め、意見を変えることができるようになる。誰にとってもその方がいいに決まっている。
(おわりに|Epilogue 364ページ)

著者の狙いは、あえて挑発的な表現を使うことで論争や議論を巻き起こすことにもあります。知的な「筋トレ」として思考力や発想力を鍛えるのには、うってつけの経済書といえるでしょう。

◆編集者から 日本経済新聞出版社・野澤靖宏

本書の著者は、バリバリの自由放任主義者です。ここまで極端な人は、なかなか見かけません。経済学に精通しているだけでなく、金融界でも成功した企業家だけあって、ロジックは非常にシンプルで理解しやすいのが特徴です。

経済学や経済政策がテーマとなると、さまざまな考え方があって、ややこしく、とっつきにくい印象があります。しかし本書の場合、「政府が経済に関与するのは、景気対策であろうと、金融規制であろうと悪」「市場に任せるのが善」という超明快なスタンスから議論を展開しています。

著者の意見に賛成か反対か、いろいろ意見が分かれるでしょうが、「経済のあり方」について、どんな考え方があるかを整理し、根底から考え直すうえでは、非常に参考になる本です。

一日に数百冊が世に出るとされる新刊書籍の中で、本当に「読む価値がある本」は何か。「若手リーダーに贈る教科書」では、書籍づくりの第一線に立つ出版社の編集者が、20~30代を中心とする若いリーダーに今読んでほしい自社刊行本の「イチオシ」を紹介します。

世界をダメにした10の経済学 ケインズからピケティまで

著者 : ビョルン・ヴァフルロース
出版 : 日本経済新聞出版社
価格 : 2,530円 (税込み)

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