会社の寿命は20年余り もしもに備えるキャリア形成『会社の終活』福谷尚久氏

むしろ、大型案件のほうが「一定の型にはまりやすい」(福谷氏)。複雑な手順があり、プレーヤーも多いせいで、段取りは固定化しがちだ。しかし、中小の事業承継案件では「オーナーの個性が前面に出てくる」。とりわけ、一代で事業を成した創業オーナーの場合、気まぐれで自分勝手なことが多い。「前日にようやく合意したのに、翌日、『あれ、嫌になっちゃった』と、ひっくり返してくるケースもざら」という。だが、そうしたひとくせありのオーナーたちと渡り合ってきた経験が「スキルを磨いてくれた」と、今は感謝する。

M&Aは時に働き手の人生を揺さぶる。福谷氏が最初に勤めた旧三井銀行はまだ三井住友銀行に名を残しているが、旧東京銀行の痕跡は18年4月に消え、今は「三菱UFJ銀行」に名前が変わっている。働き手の希望やキャリアプランとは関係なく、いきなりM&Aが決まることもあって、福谷氏は「自分という企業のオーナーになったつもりで戦略を立てて、キャリアを育てるのがリスクヘッジにもなる」とアドバイスする。

「天職」を深掘りできる居場所とは

福谷尚久氏

リスクを減らすだけではなく、長期的にキャリアを伸ばすうえでも仕事上の「軸」を早めに決めることはメリットが大きい。今の勤め先で担当の部門が閉じる場合でも、水準以上の能力が身についていれば有利だ。別の企業に転じて、さらに自分の得意分野を深掘りすることが可能になる。逆に言えば、転職に際して強みとして打ち出せるぐらいのスペシャリティーを有していないと、新たな勤め先で希望の部署に配属してもらいにくくなってしまう。「好きこそものの上手なれ、は一つの真理。打ち込める仕事を持てば、M&Aをむしろチャンスに転じることもできる」(福谷氏)

近年の傾向としては、「ビジネスのコアではない事業や部門を切り離す動きが強まっている」という。競争力の高い事業に絞り込む戦略がM&Aを加速させている。分離・独立型の事業再編も相次いでいて、半導体大手の旧東芝メモリホールディングスは10月1日に「キオクシアホールディングス」と社名変更した。こうしたコア重視、スリム化はさらに進むとみられるだけに「自分の好きな仕事が勤め先のコア事業なのか、先々も収益の柱であり得るのかを見極めてキャリアプランを立てるのが得策」と、福谷氏はみる。

自らもM&Aという「天職」を最大限に深掘りできる居場所を求めて、チャレンジングな選択を繰り返してきた。とりわけ、GCAへの参画は冒険だった。今でこそ企業再生の担い手として有名になった佐山展生氏が立ち上げたM&Aアドバイザリー会社の先駆けとして知られるが、福谷氏が加わった当時は前年に創業したばかり。「ホームページも自分で作った」。大手証券会社の一角、大和証券SMBCから転じるにはかなりの勇気が必要だったはずだ。

だが、福谷氏は「現場で働ける点を最優先して、居場所を選んできた」と当時の心理を語る。管理職ポストや非M&A分野を押しつけられそうな状況に立ち至ると、「天職」を優先してキャリアや勤め先を選んできたという。転勤や職種変更を含め、勤め先の指示・要望を不満交じりに受け入れることが多い、一般的な勤め人には、勇気がありすぎるとすら映る立ち回りだが、結果としてその勇断が「M&Aマエストロ」の高みへと福谷氏を導いた。

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