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子育てワタシ流

入院・交通事故… そのたびに、家族の結束が固くなる アンテプリマ 荻野いづみさん

2019/10/8

アンテプリマを率いる荻野いづみさん
子を育てるということは、次の時代をつくること。どんな価値観をもった人間になるかは、子育てが左右する。でも、一人ひとり個性も成長スピードも違う。もちろん、育てる私たちも。では聞いてみよう。世界をよく知り、がんばって働き、自分らしく伸びやかに生きる女性たちに。子育てで本当に大切なことが見えてくるはずだ。

ファッションブランド「ANTEPRIMA(アンテプリマ)」を率いるクリエイティブ・ディレクターの荻野いづみさん(64)は20歳で大学を中退して結婚、米国で新生活を始めた。29歳で離婚し、その後7歳の息子と香港に。そこからは仕事に突き進み、イタリアブランド「PRADA(プラダ)」の人気に火を付け、今は「ANTEPRIMA」のクリエイティブ・ディレクターとしてミラノコレクションに参加している。一人息子とは思春期に確執があったものの、長い時間をかけて乗り越え、今は日本帰国時に息子家族と同居する。彼女はこう話す。「何かが起こるたび家族の結束は固くなる」

■3歳までは子育て一筋、ずっと話しかける

日本に戻って24歳で長男を出産すると、3歳までは育児一筋でした。赤ちゃんは常に持って離さないモノってありますよね。毛布とかぬいぐるみとか。息子にとっては私でした。24時間いつも一緒。育児書をたくさん読み、「とにかく話す」を心がけました。

車に乗っても「信号が赤です。止まります。青になりました。動きます」という具合です。まだ話せない彼にずっと話しかけ、家の中は張り紙だらけ。自分の名前とかアルファベット表とか、トイレにも張っていました。3歳までは勉強も遊びとして捉え、危険なこと以外は叱る必要はまったくないと本に書いてあったので、何でも言葉で説明しました。

グローバル時代を予想し、息子はインターナショナルスクールに入れた(荻野さん提供)
息子が小さい時から外国人とふれあえる機会をつくっていた(荻野さん提供)

これからはグローバルな時代になると感じていたことや、夫が英国と日本のクオーターだったこともあって、息子を1歳半でインターナショナルスクールに入れました。私は受験して私立の学校に進学したものの、英会話力不足を感じましたので。振り返るとおかしいくらいに子育てに専念しました。それが原因で離婚したのかもしれないですね。

離婚するとなれば、自立しなければいけません。息子とオーストラリアかどこか海外で暮らそうかと考えたときに、縁あって「香港で仕事をやらないか」と誘われたのです。ホテル「ザ・ペニンシュラ香港」内にプラダを開店させました。

当時はファッションも、経営も素人でした。プラダは本拠地イタリアのミラノに1店あるだけのファミリー企業。制服もなければマニュアルもありません。仕方がないので香港に店を構えていたルイ・ヴィトンやエトロ、サルヴァトーレ・フェラガモといった高級ブランドの社長を訪ね、運営のノウハウを教えてもらいました。時は1980年代。日本はバブル景気に沸いており、香港に買い物に来る旅行者がたくさんいました。そこで、1万円札が入る財布を作ってなど、日本人が手を伸ばしたくなる商品を開発してほしいと本国にお願いしました。狙いは当たり、店は1年目から黒字でしたね。

1993年には、アンテプリマというブランドを立ち上げました。ブランド名はイタリア語で「デビュー前」という意味です。38歳だった自分自身を励ますため、「女性にとってデビューに年齢は関係がない」という思いを込めたのです。

イタリア語で「デビュー前」を表す「アンテプリマ」をブランド名にした

94年にプラダとの店舗運営に関する契約が終了すると、アンテプリマに専念しました。ルイ・ヴィトンといえばデザインの「モノグラム」、プラダなら「ナイロンバッグ」といった、誰もが知っている・買いたくなるヒット商品を作れないだろうか。あれこれ考えていたとき、イタリア・ボローニャの素材展で見つけたのが眼鏡のストラップとして売っていた素材でした。これを編んだのが、累計100万個を販売した「ワイヤーバッグ」です。98年からはミラノコレクションにも参加し始めました。

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