緊張感持ち生きる 三菱ケミカルHD小林会長の健康法

28歳のときに三菱化成に「途中入社」した

金融やITメディア界でも、ユダヤ人の存在感は高い。ロスチャイルドなど金融資本家も次々生み出し、最近ではフェイスブック創業者のザッカーバーグ氏がユダヤ系の起業家として知られる。

小林氏は、「ユダヤ人は約1400万人あまりで、その割合は世界人口の0.2%でしかないが、ノーベル賞受賞者の23%を占めるといわれる。なぜこの民族はこんなに優秀なのだろう」と興味をいだいた。

留学したのはイスラエルのエルサレムにあるヘブライ大学だ。アインシュタインも創立を支援した名門校だ。東大大学院では光・放射線化学を専攻していたが、ヘブライ大学にはその分野の最高峰の研究者が集い、かれらは米欧のトップ大学と行き来しながら研究を究めていた。

生か死かを日々問われるユダヤ人、事なかれ主義の日本人

イスラエルへ留学したいという衝動に駆られた。留学を控え、見合いして結婚しようと考えたが、相手側の家族は大反対だった。当時は中東戦争の紛争期にあり、イメージは最悪。しかし、「意外に気にならなかった」という小林氏は家族を説き伏せ、1972年に国費留学した。

20代の新婚夫婦は、イスラエルに来てすぐに「モーセの十戒」で知られるシナイ山に登った。オアシスで見た、蜃気楼(しんきろう)の中を黒いショールに身を包んだ女性が2匹のヤギと歩く姿に衝撃を受けた。生と死が隣り合わせの荒涼とした砂漠の岩山。全く何も存在しない世界で、女性とヤギ、生きとし生けるものが動く姿をみて「生きるとはすごいな」と感じた。

日本人は事なかれの横並び主義、学園紛争といってもみんな同じ方向を向いて集団行動しているにすぎない。2000年にわたって国を失い、世界に離散したユダヤ人は第2次世界大戦後、再びイスラエルの地に戻った。当時の300万人のユダヤ人は約3億人のアラブ人に囲まれ、緊張感の中で生を追求した。

ヘブライ大学の学生も常に軍服を着用し、世界最高水準の基礎研究に取り組んでいた。平日には猛烈に勉強し、日本の学生なら1年に1本書けば十分な論文を年に3~4本書く。だが金曜の日没に安息日が始まると、一切の活動を停止し、土曜の日没までお祈りしたり、読書をしたりするなど静寂の時を過ごす。日々生か死かを問われるユダヤ人。数々の困難を乗り越えるため知恵を磨いて生きてきた。

ウェルエイジング 健康で豊かな人生のヒント
疲れ目・かすみ 目の健康守る
注目記事
次のページ
つらくても、楽をしない生き方