アートの世界のガラスの天井 本当の実力評価を目指せ
美術の世界で女性活躍を支援し「ガラスの天井」を破ろうとする動きが活発だ。作品本位で実力勝負の世界とされるなか、例えば美術館の学芸員や来場者は女性が多いにもかかわらず、館長は男性が大半を占めているのが現状だ。多様性確保の面からも、取り組みに注目が集まっている。
縦約3メートル、幅約15メートルにわたるキャンバスに力強く「爆発」を描く巨大絵画、ラメ糸の絵や家を模した展示を組み合わせたインスタレーション――。8月に愛知県で開幕した国際芸術展「あいちトリエンナーレ2019」で話題を集める若手女性作家の作品だ。
会期後半に入った9月初旬の平日も、多くの人が作品に見入っていた。愛知県安城市から訪れた主婦(53)は「前回も見に来たけれど、今回もとても楽しめた。女性の出展が半分というのは良いと思う」と満足げに語る。
企画展が中止となった問題が話題を集めた同芸術展だが、開幕前から独自性を光らせていたのが、「作家を男女半々にする」という取り組みだった。芸術監督を務めるジャーナリストの津田大介氏が中心となり、平等のメッセージを発信するねらいでキュレーターらが多くの女性作家を集めた。8月の開幕時点で93組の作家が出展した。なかでもメインの現代美術展とパフォーミングアーツでは女性が32組と男性の31組を上回り、過半を実現した。
男女比へのこだわりは、18年に発覚した大学医学部入試の不正がきっかけだという。これまでの国内の主な芸術展の作家を調べると、前回までのあいちトリエンナーレを含めて、いずれも男性が女性の3~5倍に達したという。
津田氏は「男女半々にしても芸術展の評価は高く、質は落ちなかった」と話す。「イタリアのベネチア・ビエンナーレでも男女作家が半々になった。こうした取り組みは世界的な潮流になりつつある」
男女比が偏っているのは芸術展に参加する作家に限らない。文部科学省がまとめた2018年度「社会教育調査」の中間報告によると、18年10月現在、国内の主な美術館の館長450人のうち女性は僅か16.2%だ。一方で学芸員は60.5%を女性が占める。
特殊な世界とみられがちな芸術界だが、女性活躍を阻む背景にはジェンダー課題も多い。芸術展に男性の作品が多かった背景を、津田氏は「選ぶ側に男性が多い。構造的に男性が優位だった」とみる。
横浜美術館(横浜市)は女性が館長を務める数少ない公立美術館だ。逢坂恵理子館長は「美術館は多様性に対して意識的でなければ、時代に即した発案ができない」と警鐘を鳴らす。一方で、米国でも状況は似ており「米国も館長は男性が多く、日本だけの問題ではない」と指摘する。米国立女性美術館のホームぺージなどによると、主な美術館の上位職に女性が少ないことや女性作品の過小評価などが問題にあがっている。
学芸員の男女比も偏っている。学芸員は多くの美術館で有期雇用だった時期も長く、男性に敬遠されがちだったという。「学芸員の仕事に性差はない。男性も増えて、よりジェンダーバランスが整うとよい」(逢坂館長)
芸術界を担う人材を育てる大学でも、動きが始まった。東京芸術大は16年度に「ダイバーシティ推進室」を設置し、女性支援に乗り出した。
女性の卒業生には、出産などを機に活動を続けられなくなる人も多かったという。「芸術界全体が多様性に乏しく、女性のライフイベントに理解がなかった」などと分析。さらに「個人個人が(独立した)アーティストという側面が強く、大学としてキャリア支援が不十分だった」と振り返る。
学生の6割以上を女性が占める半面、上位職の女性教員がゼロの学科もあったため、まずは全学科に最低1人は配置した。女性限定公募や候補者の半数を女性にするなどの試みで、講師以上の女性教員の割合は17年度の19%から19年度に25%に増えた。岡本美津子副学長は「将来は半々にしたい」と意気込む。
キャリアを考えるシンポジウムを開くなど支援策も充実させた。「芸術活動で能力を発揮することと子育ては実現可能だと希望を与えたい」
学内で働く女性が増えるにつれ、働き方改革も進んだ。テレワークや子連れ出勤を試すなど、「実際にやってみたら、芸大は意外とそういうことがしやすい職場だった」(岡本副学長)といった気付きもあったという。
外の視点が変革促す ~取材を終えて~
「女性にゲタをはかせるのか」――。芸術展などでの男女比調整に対して、こうした意見が何度も出たと聞いた。作品評価に本来は関係ない性別を持ち出すことに業界関係者の拒否反応があり、SNS(交流サイト)などでも同様の声があがる。一方で、美術専攻の女子学生は多いのに、作家活動を続けられなかったり、トップの地位にたどり着きづらかったりする「ねじれ」が存在するのも事実だ。これを当然視せずに変えようとするうねりが生まれてきた。
あいちトリエンナーレの津田大介芸術監督にとって美術は専門外だ。「作家を集める中で、初めは女性が4割に達した時点で『今回は多い』と言われて違和感を抱いた」と話す。長く続いた慣例やいきさつにとらわれず、時に外部の視点を取り入れながら見直すことが変革につながるのかもしれない。
(酒井愛美)
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