小屋には「BE A GOAT, NOT A SHEEP(ひつじになるな、やぎになれ)」とある。ひつじはすぐに飼い慣らされ、仲間に追従する。故にしばしば大衆迎合の象徴とされる。一方のやぎは好みがはっきりしていて、自己主張が強く、飼い主に歯向かうことも少なくない。要するに気骨がある。

やぎの小屋には「BE A GOAT, NOT A SHEEP(ひつじになるな、やぎになれ)」の看板が掲げてある

「権力や社会に対する批判的精神を育むことは教育の最大の目的の一つです。そうであるならば、学校にはやぎがいた方がいいことになります。(自分で調べ、自分で考える)『自調自考』を標榜する武蔵においては、なおのことやぎが不可欠なのです」(田中さん)

修学旅行、なぜ廃止されたのか

やぎの例からわかるように、武蔵には大衆迎合や付和雷同を嫌う文化がある。男子校OBの多くは、自分たちの仲の良さや団結力の強さをよくアピールするが、武蔵のOBにはむしろむやみに群れないことを矜持(きょうじ)としているふしがある。

それがよくわかるのが、修学旅行をしないという伝統だ。1979年から17年まで実施されていなかったのだ。さまざまな校外行事があるにもかかわらず、修学旅行はない。その消極的事実が、武蔵生に「群れるな。自分で考えろ」というメッセージを伝え続けてきた。

学校史には、廃止の理由がこう書かれている。「集団観光旅行が観光地に充満する時代のなかで、武蔵の修学旅行は、コース選択制・グループ見学方式など先駆的な改善を行ってきたが、ついに修学旅行という因習的形態にまつわる欠陥を除去し得なかった。集団のなかに個々の責任が埋没してしまうような学校行事はむしろ進んで廃止し、そこで失われる修学旅行の美点は別の形で追求すべきであるという考えのもとに、78年を最後に廃止された」

「なんで修学旅行がないんだよ」と文句を言いたくなったとき、その理由を知ることで、生徒たちのなかにも必ずある、流されやすい集団心理が戒められる効果があった。まさに「ひつじになるな、やぎになれ」である。

しかし18年、「自主研修旅行」という形で修学旅行は復活した。実現まで約2年にわたる長い長い議論があった。きっかけは16年度の代表委員長・今井健さんの発議だった。「はじめは普通の修学旅行を復活させようと、割と気楽な気持ちでした。でも、調べてみると、武蔵の当時の大坪校長が修学旅行を廃止した判断はどう考えても正しかったんです」(今井さん)

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全員一緒の思い出はいらない