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進学校の素顔

武蔵、息づく学問の伝統 新校長が描く「進化」の道 武蔵高校中学(上) 教育ジャーナリスト・おおたとしまさ

2019/10/6

2019年4月に就任した武蔵高等学校中学校の杉山剛士校長
進学校の強さの源を「勉強」以外の面から探るこのシリーズ。今回は、武蔵高等学校中学校(東京・練馬)を取り上げる。開成、麻布とともに「男子御三家」と呼ばれる武蔵。近年、東京大学の合格者数という点で一時の勢いはないが、学問を尊ぶ気風で多くの研究者や教育者を送り出してきた。2019年4月に就任した杉山剛士校長は、武蔵の出身。35年間、埼玉県で教育に携わり、公立の名門とされる県立浦和高等学校(浦高)の校長を18年3月まで務めた。久しぶりの母校は新校長の目にどう映っているのか。今と昔で「武蔵らしさ」に変化はあるのか。教育ジャーナリストのおおたとしまさ氏が迫った。

(中)あえて英語圏でない国へ 「一人旅」させる武蔵 >>

■新校舎が完成、新校長迎える

19年3月、約2年をかけた校舎の改築工事が終わった。古い理科棟は解体され、真新しい理科・特別教室棟が誕生した。エントランスは木のぬくもりを生かしたモダンなデザインに刷新された。

装いを新たにした武蔵にやって来たのが杉山剛士新校長である。19年4月、長髪にひげがトレードマークの梶取弘昌前校長からバトンを受け継いだ。浦高で校長を務めた杉山さんは武蔵の出身。同期には東大総長の五神真さんがいる。

武蔵中に入ったのは1970年。高校から1浪して東大文科3類へ進学した。大学院では教育社会学を学び、卒業後、あえて公立高校の教員を選ぶ。当時の武蔵で「狭い世界のリベラリズム」を感じたからだった。それがなぜ今回、母校に戻る決断に至ったのか。

■教育実習で感じた不学

「武蔵ではバレー部でキャプテンを務めました。弱かったですけどね。文化祭では当時流行のフォークバンドなんかをやりましたね。ジャーナリストにあこがれ、大学では社会学を学ぼうと考えていました」(杉山さん)

武蔵を卒業したのは76年。ちょうどベトナム戦争が終わり、ロッキード事件が明るみに出たころである。「ペンの力」に期待が集まっていた。

「武蔵での6年間は充実していました。でも一方で、『ほんとにこれでいいのかな?』という疑問もあったんです。武蔵に限らず、私立の中高一貫校のなかで、恵まれた人たちがそのなかだけでのリベラリズムを享受しているような違和感がありました」

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