フラット氏と異なる意見を持つ人もいる。米国のウイングスーツメーカー、スクイレルのデザイナーで、経験豊富なジャンパーでもあるマット・ガーデス氏は、パイロットたちが2016年の出来事から影響を受けているとは考えていない。

「このスポーツは今も成長しており、毎年、この世界に飛び込んでくる人は増えています。ジャンパーが減少したと考える理由もありません」とガーデス氏は述べ、事実、ウイングスーツの売り上げが伸びていることに言及した。

2017年に死者が減ったことについても、ガーデス氏は簡単な理由を挙げた。

「2017年は、雨が多い年でした。3週間にわたって、アルプスの広範囲が低気圧に覆われたため、ピークを迎えた3カ月における、ジャンプの総数が大きく減ったのでしょう」

命を救うためのトレーニング

2016年、過去最悪の死者数を記録したことを受け、ベースジャンプ界は教育活動にも力を入れている。フラット氏によれば、「亡くなったジャンパーの多くが、自分が何を知らないかを知らなかったのではないか?」と考える人も多いという。

フラット氏は1000回以上のウイングスーツ・ベースジャンプを成功させている。フラット氏とガーデス氏は世界でも珍しいウイングスーツ・ベースジャンプのインストラクターだ。

「私たちは、このような事故を減らしたいと考えて会社を興しました」とフラット氏は話す。「このスポーツはまだ生まれたばかりです。指揮を執る中央組織はなく、門番もいません。だから、経験がなくても、最難度のジャンプポイント(崖の岩棚)に立つ資格があると思い込んでしまう人も現れるのです」

スイス、ラウターブルンネンの渓谷に飛び込むディーン・ポッター。ロッククライマー、ウイングスーツ・ベースジャンパーとして有名で、2009年、ウイングスーツ・ベースジャンプの最長飛行記録を打ち立てた。2015年、グレアム・ハントとともにヨセミテ国立公園でジャンプに挑み、2人とも命を落とした(PHOTOGRAPH BY COREY RICH, CAVAN IMAGES)

専門家たちは一様に、時間をかけて訓練を積んでから、ウイングスーツ・ベースジャンプに挑むことを勧めている。まず、18カ月以内に200回以上スカイダイビングを成功させ、次に、スカイダイビングからウイングスーツで滑空する、というのが典型的な道筋だ。同時に、ウイングスーツを着用しない通常のベースジャンプも学ぶ必要がある。高さと難易度を変えて、数百回のジャンプに成功しなければ、ウイングスーツ・ベースジャンプには進めないのだ。

ただ、これらの訓練を厳格に行えば、かなりの時間と費用がかかることになる。当然ながら、多くの人は近道したいと考える。

「理想のウイングスーツ・ベースジャンパーは、計画的で忍耐強い人物です」とフラット氏は話す。「少しくらいクレージーでなければ、崖から飛び降りたいと思わないでしょう。でも、命を落とさないためには、論理的に意思決定する力が必要です。ただ、こうした特徴を兼ね備える人物はめったにいません」

そもそも、教育の機会が増えたとはいえ、ウイングスーツ・ベースジャンプの「教室」は安全な場所というにはほど遠い。実際、最近ウイングスーツ・ベースジャンプで亡くなった51歳の米国人は、ラーン・トゥ・ベースジャンプという会社のコースの受講中だった。2019年7月30日には、スイスのラウターブルンネンで、ジョン・マルムバーグさんが命を落とした。マルムバーグさんはパラグライダーの経験が豊富で、ベースジャンプを140回、スカイダイビングを300回成功させていた。マルムバーグさんが事故に遭ったのは補助パラシュートを開くのが遅すぎたためだ。補助パラシュートとは、メインパラシュートを引き出し、展開させるための小さなパラシュートだ。

マルムバーグさんが着ていたのは、空力性能を向上させたつなぎのような「トラッキング」スーツだ。皮肉なことに、このスーツは、腕の間の布を減らして、より動きやすいことがウリで、パラシュートの展開の遅れによる死亡事故を減らすことを期待されて新開発されたものだった。

いくら高性能の装備があっても経験までは補えない。ベテランのウイングスーツ・ベースジャンパーたちは、マルムバーグさんの能力レベルよりも、ラウターブルンネンのコースの難易度が高すぎたのではないかと考えている。

トレンドの転換

ウイングスーツ・ベースジャンプは成長しているとガーデス氏は主張するが、インターネットのデータを見る限りでは、以前ほどではない。

Googleで検索された単語を分析できる「Google Trends」を参照すると、ウイングスーツ・ベースジャンプへの関心のピークは2015年5月だったことを示している。ちょうどディーン・ポッターとグレアム・ハントがヨセミテ国立公園で違法なジャンプを行い、2人とも命を落とすという事故が起きた月だ。2015年5月以降、ウイングスーツ・ベースジャンプの検索は減少し、現在、過去10年間で最低のレベルにある。

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