史上最強最大の企業 英国東インド会社の驚くべき支配

日経ナショナル ジオグラフィック社

26万人の兵力を擁し、英国の交易の約半分を担当

英国東インド会社には、勅許により「交戦権」が与えられていた。当初は軍事力によって自らを守り、敵対する商人と戦っていたが、1757年に「プラッシーの戦い」によりベンガル地方を手に入れた。

ムガル帝国皇帝シャー・アーラム2世は、英国東インド会社軍を率いるロバート・クライブに、ベンガル地方における徴税権を与えた(Photograph by Hulton Archive, Getty)

3千人の軍を率いたロバート・クライブがベンガル知事となり、税や関税の徴収を開始し、その資金で購入したインド製品を英国に輸出した。同社はその後も勝利を重ね、フランスとオランダをインド亜大陸から追い出した。

続く数年で、英国東インド会社は亜大陸のほかの地域も武力で併合し、征服できなかった領域の統治者とは同盟を結んだ。最盛期には英国の常備軍の2倍に相当する26万人の兵力を擁し、英国の交易の約半分を担った。インド亜大陸は東インド会社の株主の支配下に置かれ、その株主が毎年領域内の政策を決定する「商人政治家」を選任した。

ゾウの背に乗る英国東インド会社の役人を描いた、18世紀末の絵(Photograph by Heritage Image Partnership Ltd, Alamy)

しかし、英国東インド会社による権限の乱用が知れわたり、財政難に陥っていた英国は、同社を直接支配しようと考えるようになる。英国政府は、段階的縮小の後、1858年についにインドでの同社の支配に終止符を打った。すっかり弱体化した英国東インド会社は、1874年に解散した。

その頃までに、東インド会社は中国のアヘン禍から国際的な奴隷貿易まで、あらゆることに関与していた。インドで栽培したアヘンを中国へ違法に輸出して、人気の高い中国の物品と交換したり、17、18世紀を通じて奴隷獲得の遠征、移送、強制労働などの奴隷貿易を行ったりしていた。現代資本主義に隠れて影は薄くなったかもしれないが、英国東インド会社の痕跡は今も世界中に残っている。

(文 Erin Blakemore、訳 山内百合子、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2019年9月15日付]

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