Men's Fashion

兵馬俑や宇宙モチーフ 中国人デザイナーが生む新潮流

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2019.9.19

世界のファッション界で中国人デザイナーがじわりと台頭する兆しをみせている。欧米の大学などで専門教育を受けた若手が実力を伸ばし、独特の感性や作風が新たな潮流として欧米や日本のおしゃれ好きに注目されつつある。まだ粗削りな部分もあるが、中国の巨大な経済力や国内市場の急速な拡大を背景に今後、着実に存在感を増していきそうだ。




■欧米で教育 政府も後押し

今年6月、イタリア・フィレンツェで開かれた世界最大級の紳士服展示会「ピッティ・イマージネ・ウオモ」で話題になったのは中国だった。中国人デザイナーだけを集めた初めての特別イベント「ゲスト・ネーション・チャイナ」が開催されたのだ。

「経済発展が著しい中国は創造面でもダイナミックに成長を続ける世界の最前線。新たな未来を切り開く可能性に満ちている」(同展示会事務局長兼ディレクターのラーポ・チャンキ氏)

この特別イベントは近年、勢いを急速に伸ばしている上海ファッション・ウイークと連携して開催された。参加したのは「8ON8」「DANSHAN」「PRIVATE POLICY」「PRONOUNCE」など中国人デザイナーが手がける10ブランド。ショーや展示会を通じて来場者に最新作を披露した。

兵馬俑をモチーフにしたプリント柄、色のグラデーションを強調した幾何学模様……。独特なデザインやスタイルが目を引く。「発展途上という感じはするが、各デザイナーの感性が面白いし、今後の伸びしろを考えると大きな魅力を感じる」と話すのはファッションライターのマスイユウさん。

現在、台頭しつつある中国人デザイナーは欧米の大学や専門学校でファッション教育を受けた上流家庭やエリート層の子弟が多いのが特徴。たとえば「PRONOUNCE」を手がけるデザイナーは英セントラル・セント・マーチンズ美術大学(CSM)やロンドン・カレッジ・オブ・ファッションを卒業し、欧米や中国を拠点に活動している。

「消費者の嗜好が細分化し、流行が飽和する中、世界のファッション界は新たな作風や話題に飢えている。そんなニーズに応える形で中国政府や現地企業が自国デザイナーの育成やPRを強化しており、中国人デザイナーの海外での存在感が徐々に高まっている」とWWDジャパン・ドットコム編集長の村上要さんは解説する。

中国ブランド「XANDER ZHOU」を扱うセレクトショップ「GR8」(東京都渋谷区のラフォーレ原宿)

村上さんが注目するのが「XANDER ZHOU」。オランダで服飾デザインを学んだ中国人デザイナーが立ち上げたブランドで、ロンドン・コレクションにも参加。妊娠した男性や宇宙人を連想させるデザイン、CG(コンピューターグラフィックス)を駆使した仮想ランウエーによるショーなど作風も手法も独創的。メディアやバイヤーの関心を集める成長株だ。

■成長が背景 日本にも上陸

中国ブランドはすでに日本にもお目見えしている。「ラフォーレ原宿」(東京都渋谷区)のセレクトショップ「GR8」では2、3年前から「XANDER ZHOU」の買い付けを開始した。惑星の星図をモチーフにしたニット(税込み3万8340円)、フィールドジャケット(12万1500円)、コート(6万9120円)、パンツ(3万2400円)など8点が売り場に並ぶ。

素材はポリエステルや綿。どれも中国製だが価格帯はかなり高め。従来の中国製衣料のイメージを覆す商品だ。「ショーや作品が面白かったし、デザイナー本人の人間性にも情熱や魅力を感じた」。世界各地に自ら買い付けに出かけるオーナーの久保光博さんはこう語る。ミレニアル世代を中心にしたファッション好きの間でマニアックな人気が高まっているという。

今後、中国人デザイナーの時代は来るのだろうか?

かつて日本では高度経済成長を背景に高田賢三さんや三宅一生さん、国内服飾市場の拡大を背景に山本耀司さんや川久保玲さんらが世界に打って出て成功を遂げた。「中国人デザイナーの現状は1970、80年代の日本人デザイナーの状況に似ており、中国経済の成長が続く限り、世界での存在感も高まるはず」と予測するのはユナイテッドアローズ上級顧問の栗野宏文さん。

だが栗野さんは同時に「ファッションは科学技術とは異なり、文化であり歴史でもある。共産主義体制下でどこまで個性や創造性を発揮できるか不透明な部分もある」とも指摘する。中国人デザイナーが世界で大きく飛躍できるかどうかは、ある意味で中国の“民主化度”を測るバロメーターになるかもしれない。

(編集委員 小林明)

[日本経済新聞夕刊2019年9月14日付]