ワンオペ生活はヒットの泉 甘口カレー粉なぜ生まれた
ハウス食品が今年2月に発売し、予想の2倍を超える売れ行きを見せている「味付カレーパウダー バーモントカレー味」。ハウス食品新領域開発部の黒部史明さんは妻に代わって時短勤務を行い、二人の娘の夕食作りを経験したことが新商品開発のヒントになったという。あり合わせの食材で子どもが喜んで食べてくれる。働く女性の料理作りを助けるための調味料を世に出すまでの軌跡をたどる。
時短勤務中の夕食作りの経験を上司・部下と共有
3歳から10歳の子どもを持つ共働き世帯の「働くお母さん」は普段どんな料理を作っているのか。商品開発のために、「働くお母さんのリアルな食卓が見たい」と考えた黒部さんのチームは、研究所に勤めるお母さんたちの協力で平日の写真を撮影してもらった。そこで浮かび上がってきたのが、月曜・火曜はハンバーグや唐揚げなど、子どもが好きな定番メニューを作っても、週の後半になると、使い残した食材を取りあえずいためる、汁物に入れるなどの「名もなきメニュー」の存在だった。レシピのないメニュー故に味付けもまちまちで、なによりも子どもが食べてくれないという悩みを抱える人が多かったのだ。それをいかにおいしく食べてもらえるかが開発のポイントとなった。
「働くお母さん」の気持ちを理解するために、妻に代わって一週間の時短勤務を行った黒部さん。仕事のヒントになると考え、時短勤務をしていた期間は家での子どもたちとのやり取りをホームビデオで撮って記録していた。作った夕食のメニューや気付いたことなどはパソコンのメモ帳に細かく記していた。通常勤務に復帰後は、それらのビデオやメモの内容を上司・部下と共有し、時短で退社した後、笑顔になる余裕などないくらい忙しい「働くお母さん」のリアルな状況を社内に積極的に発信していった。
「働くお母さんなら多くの人が実感していることでも、経験のない社員に対しては言葉では伝わらないことが多いと感じました。だからこそ、時短勤務期間の夕食作りでの具体的なエピソードや実感については、写真や動画を交えながら丁寧に説明することを心掛けました」
時短勤務期間に夕食作りを担当した黒部さんの実感を踏まえ、新商品の開発チームが重視したのは、「幅広い食材に使えること」と「これだけで味付けが完了すること」。この2点を条件に検討し、未就学児や小学生を持つ母親たちにヒアリングを重ねた結果、浮かび上がってきたのが「さらさらのパウダータイプのカレー味の調味料」だった。
「カレー粉は市場に多く出回っていますが、お母さんたちからは『スパイシー過ぎて子どもが食べるものには使えない』『サラダに混ぜてみたけど粉っぽくておいしくなかった』『辛みは出るけれど、子どもが好きなカレーの味にはならない』といった意見が多く寄せられました。 "未就学児や小学生がいる家庭が使えるカレーパウダー"という領域には、マッチする製品が出ていない。この領域にこそ、チャンスがあると確信しました」
ありそうでなかった"甘口のカレーパウダー"
新商品の形態を決めるに当たり、ペースト状にするか、パウダー状にするかを検討した際には、ペースト状のほうが深い味わいを出せるのではないかとの意見もあった。だが、「ペースト状だといためものを作る時に全体に伸ばしながら溶かすのが面倒」「パウダー状のほうが手軽に色々な使い方ができる」というお母さんたちの声から、今回はさっと振りかけて使えるパウダー状にする案が採用された。
「ペースト状は全体に伸ばすのが面倒など、時短勤務をする前の会議の席では『そういうものか』と思いながら聞いていた話も、実際に平日の慌ただしさの中で夕食を作ってみたことで『なるほどな』とふに落ちるようになりました」
味付けを決めるに当たっては、ハウス食品の人気商品であり、未就学児や小学生がいる家庭に広く支持されている『バーモントカレー』に着目。さっと振りかければ、それだけで「いつも食べているバーモントカレーの味になる」というカレーパウダーを開発し、商品名にも「バーモントカレー味」という言葉を盛り込んだ。
振りかけるだけで、どんな料理も子どもが好む甘口のカレー味にできる。ありそうでなかった味付カレーパウダーは、試作段階から「これ1本で簡単に味付けができる」「バーモントカレーと同じ味なので、これをかけると子どもが苦手な野菜も食べてくれる」とお母さんたちに好評を博し、2019年2月の発売以降は順調に売り上げを伸ばしている。黒部さん宅でも、「味付カレーパウダー バーモントカレー味」を使って作るカレーチャーハン、豚肉ともやしのいためものが娘さんたちのお気に入りだそうだ。
妻への共感で夫婦コミュニケーションの質も変化
一週間の時短勤務とワンオペ経験は、商品開発に役立っただけではなく、奥さんへの理解を深めるきっかけにもなったと黒部さんは語る。
「例えば、置いてある洗濯物の位置を少し動かしただけで怒る妻に対して、以前は『なぜこれくらいのことで怒るのだろう』と思っていたのですが、自分がすべての家事をやってみると、前後にやることとの動線を考えたベストの位置に洗濯物が置いてあるのだと納得できました。先の先まで見通して段取りをつけていることを乱されたくないという妻の気持ちを以前よりも察することができるようになったと思います」
また、食器洗いなどの具体的な家事をこなすほかにも、夫としてできることがあるということも実感。夫婦のコミュニケーションを見直すことにつながったという。
「ワンオペ生活を経験してみると、家事を分担してほしいという気持ちだけでなく、『この大変さを分かってほしい、共感してほしい』という気持ちが強く出てくることも感じました。以前はイライラしている妻に対して寛容になれない場面もあったのですが、『これくらいのことでもイライラしてしまうほど大変なんだよな』という受け止め方ができるようになったことで、夫婦のコミュニケーションの質が変わったように思います。時短勤務期間が終わったとき、妻には『一週間だけじゃなくて、これをずっと続けないと』と言われました。これからも体験を通して感じた共感を忘れず、妻の気持ちに寄り添えるように心掛けていきたいです」
(取材・文 安永美穂、写真 鈴木愛子)
[日経DUAL 2019年5月9日付の掲載記事を基に再構成]
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