「筋肉体操はナッジだ!」と環境省から
――『みんなで筋肉体操』での声掛けが、働き方や生き方にも応用できると思われたきっかけはありますか。
谷本 以前は筋トレの声掛けが働き方や生き方にも影響するなんて、そんなおこがましいこと考えもしませんでした。そう思うようになったのは、環境省の「日本版ナッジ・ユニット連絡会議」に委員の1人として招かれたことがきっかけでした。
ナッジとは、「そっと後押しする」という英語で、行動経済学用語では「人々を自発的に望ましい行動へと促す手法」を意味します。例えば「階段を一段一段上るたびにド・レ・ミと音が鳴るようにすれば、楽しいから横にあるエスカレーターではなく階段を使うようになって、健康増進につながる」とか、「男性用便器に的を描けば、そこに向かっておしっこをするので、便器周りが汚れにくくなる」といった手法がナッジです。環境省は、このようなナッジの手法を使って、省エネによる地球温暖化対策や、生活習慣の改善による国民の健康増進を目指しています。

2018年のナッジ・ユニット連絡会議に、専門外の僕がなぜか招かれて、基調講演をさせていただきました。『みんなで筋肉体操』で発している「あと5秒しかできません!」「キツくてもツラくない!」などの声掛けが、「ナッジの手法だ」というのがその理由とのことでした。講演では、言葉の意図や、タイミングを計算しながら声を掛けていることなどについて話しました。すると「日本版ナッジ・ユニット」の委員の方が、「先生がされていることはナッジそのものだ!」と言われるんです。「ナッジの考えを導入して作られたんですよね?」とまで言われました。ナッジという言葉さえ知らなかったのですが……。
この講演に際して、番組の声掛けに対する世間の反応を調べてみると、「筋肉体操の声掛けの考えは、仕事の仕方、生き方すべてに通じる」「キツくてもツラくない、と考えたら一日楽しく前向きに乗り切れた」といったコメントがたくさんあったんです。どこかの塾の先生が、僕の言葉をアレンジして「あと2週間しか受験勉強ができません!」と受験生を鼓舞するコメントを載せているものもありました。「あの言葉にはそんな力があるのか」と驚くと同時に、こんな形で世間に貢献できているのかなと思いました。それならこうした考えをもっと広めたいと思い、形になったのがこの本です。
「You、やっちゃいなよ!」よりも「We、やっちゃおうぜ!」
谷本 『みんなで筋肉体操』は、例えば、腕立て伏せの手の幅とかかる力の関係を計算から導くなどの力学や、筋肉の生理学特性などに基づいて、より効果が高まるようにマニアックすぎるほど工夫を凝らしています。その中でも特に大切にしているのが、「自分自身が実践して満足いく内容であること」です。自分で「これはいい!」と納得できる筋トレでなければ人には勧められませんから。
そうすれば、やりなさい、ではなく一緒にやろう、という気持ちで声掛けができます。「君たち、やりなさいよ」ではなく、「僕が自信を持って勧める筋トレを一緒にやろうぜ」と。YouでなくWeですね。
「You、やっちゃいなよ!」も1つのリーダーの在り方としてもちろんよいと思います。が、僕はWe派。「We!やっちゃおうぜ」でいきたいですね。一緒にやっていない人に「キツくてもツラくない!」と言われても、「そりゃ、あなたはやっていないからツラくないよね」と思われてしまうかもしれません。一緒にトレーニングをしながら「キツくてもツラくない!」と声を掛けられれば、「ああ、もっと頑張ろう!」と思ってくれるはず。だから、できれば番組内でも、僕もみんなと一緒に筋トレをやりながら声掛けをしたいんですけどね。
(文 高島三幸、インタビュー写真 鈴木愛子)
